近くに若い人がいる、いない。

子供たちが結婚する前は、にぎやかな暮らしでした。

いろんな情報を運んでくれて気持ちまで若々しくなったことをよく思い出します。

それから子供たちが結婚し、私も遠くに来たので、夫婦ふたり暮らしで子供たちが来ることはほとんどありません。

それでも三年に一度くらい、子供たちが来たり、その友人が一緒に泊まったりすると、必ず何かしらの刺激を受けることに気づきました。吹く風が違うのです。

最近、スマホを買うかどうか迷った末、必要もあって格安スマホ月額1980円というUQモバイルを購入しました。

ところがこれが難物なのです。一晩かかってもつながらなくて、疲労困憊して職場に行きまして、職員の若い人に見てもらいました。若いと言っても40才代です。

なんと! ワンタップでつながったのです。

うれしいと同時にがっくりしました。

子供たちが近所にいたりして交流のある人たちは、老いても昔はパソコン、現代ではスマホがいろんな面で刺激を受けるので、持ちやすいと思います。

私自身は好奇心も研究心も十二分にありますけれど、若者だったら ワンタップでわかることを 一晩かかってもわからない、ということの連続です。

ふだん、夫婦ふたり暮らしは本当に気楽でわがままに生きているわけですから、贅沢は言えないのですけれど、若い人と接触のある方たちと比べて、老いぼれる速さはかなりのものがあると思います。たまに子供たちが2~3日いるだけで、情報がすごい量あるから、そのことに気づくのです。

スマホ、楽しみましょう。教えてあげるよ、と言ってくれる人がいてうれしいのですけど、そんな簡単ではないですよ。まったくの刺激ない環境の私がスマホを愉しむのはちょっと時間がかかると思います。

職場には同年代の方が何人かいますが、90才の老父母と夫婦で4人暮らしの方がいますが、「妻がスマホでイライラしているのを見るだけで嫌、自分は持たない」という男性がいます。私と同じ環境だと思い、笑えます。

「もう何年も前からスマホよ。部下とラインもしてるわ」という女性は、二所帯住宅です。多分刺激が違うと思います。

私・・・・・道は険しいです。

でも、気楽な夫婦暮らしでわがままに暮らせているのですから、自分の弱みも自分で克服していきますよ(^^♪

子供に頼れない暮らしは、患者さんたちを見ていると独立心が強いですし、気丈です。まあメリットもあるのですから仕方ないですね。

ああ、スマホ病。

かかりたくなくて持たなかった私も、とうとう病にかかってしまった。

今日は一週間分の家事をするのに、丸一日かかっています。

9時になったら少しは一息つけるでしょうか・・・・

忙しい休日のブログは、グチっぽいですね。

お許しください、だって忙し過ぎてイライラするんですもの。

ちなみに夫は何年も前からスマホを使いこなしています。でも時間があるから、えんえんとサービスセンターに電話して聞きまくっているんですもの。そりゃあ、出来るようになるわ!(イライライライラ・笑)

わたし流しあわせの見つけ方

忙しい一週間が過ぎつつあって。

今週はもっともスケジュールのつまった一週間だった。ちょっと自信がなかったが、終わりつつあって、少しほっとしている。

まだこれからスカイプで学んで、原稿もある。

 

でも考えてみれば、スケジュールのつまっていたほうが身体は壊さない。

 

時間があると、ついいろんなことをしたくなって疲れてしまう。

 

写真は朝、職場に出かける前の庭で。

 

外来がない朝はわざと遅めに行く確信犯である。

緑が美しい季節ですね。

わたし流しあわせの見つけ方

夫の作るワンプレート

夫が週のうち半分は料理をするようになって数年。

だんだん腕を上げている、というか最初から上手だった。料理初心者なのに上手な理由は、クックパッドで作り方を見て作るからです。

私が大ざっぱに調味料を入れることが理解できないみたいで、しっかり書いてある通りに測ります。なので味に狂いがないのです。

冷蔵庫の中身(たいした物は入っていない)を見ながらクックパッドで調べて、一番ピンときた料理を作るようです。

肉や魚はたくさん冷凍してありますが、野菜は冷凍できないのであるものしか使えず、野菜料理に苦労するようです。

まあ、メニューはあまり買い物をしない私の責任もありますが、味だけはいいので驚きます。決して料理が好きではないタイプですし、まあやむなく作り始めたのですのに。

作り始めたきっかけは、短刀直入に言うと。

「お金(かね)」です。

お小遣いを料理をしていくら、という風に決めたからです。お小遣いは多くほしいので頑張ります。あまりあげたくない私としては、毎日作ってもらうわけにいかず、お互いに綱引きをやっているようなもの。仕事の遅い日だけ作ってもらいます。

この習慣は大変なメリットが発生しました。

夫は料理を作ることがいかに頭の体操になるかに気づき、いずれお小遣いをもらえなくなっても半分は料理をすると言っています。友人にも「料理くらい出来ないとだめ。苦手と思っても挑戦するべき」と話します。

私のメリットとしては、料理を作るプレッシャーから解放されたこと。つまり「シンプルな料理で十分」と思えるようになったこと。

以前の私は、何種類も作らなくてはいけない、というプレッシャーがすごくありました。夫から「今日の料理は質素だね」と言われると傷ついていました。

でも夫の料理がワンプレート + 冷奴 + 味噌汁 だけなんです。

なんだ、これで十分なんだ、と思えるようになったこと。これは何にも代えがたい収穫です。

だから今は私も余裕があり、料理を楽しんで作れるようになりました。

そんなわけで今日は、鮭のムニエル。タルタルソースまで作ってあったのにびっくり。でもワンプレート。

「鮭があるからムニエルがいいよ」とアドバイスして出かけました。アドバイスは適宜必要です。

鶏のから揚げは、私より、店より美味しいです。下味のつけ方がとてもうまいです。

煮カツなども美味しく、オリジナルメニューです。

あとは、ハンバーグステーキが得意ですし、大根の煮物が専売特許です。いわゆるおふくろの味は作れないようです。

前は私の料理に不満もあったようですが、苦労して作るようになってからは「料理〇十年の奥さんの足元にも及びません」などと一応たてるようになりました。

メニューは少ないけど、味付けなど全体として料理の素質はあると思います。

私は料理は好きですが、年柄年中作るのは嫌です、ですから料理のできる人と結婚したつもりでしたが、「キッチンは奥さんにあげた」などと逃げ腰で、今まではまったくやろうとしませんでした。

ところが「お金」で釣ったら、これが成功!

夫婦で料理をするというのが、こんなにラクなものとは思いませんでした。帰宅したらアツアツの料理が出来上がっている愉しむは何にも代えがたく、感謝感謝です。

何もしなくても、小遣いは当たるわけですから、私の作戦勝ち、かな??

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まつむし草

今日の主役はまつむし草。

庭中に咲いている。

可憐な花だけど、強靭。

優しげに見えるけど、他を駆逐してはびこる。

でも美しいので許される花。

あなたはマーガレットを引き立てているのか?

それもともマーガレットに引きたてられているのか?

それでも、ふたりで助けあって、わが庭を彩っている。

 

昔は高山でしか見なかった・・・と思ったけど、

ここは標高1300mの高山だった。

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今夜は優雅なホテル泊。

今日は夜の会議のあと、帰る自信がなく、ホテルに泊まった。

ところが韮崎という街にはホテルがひとつしかない。

やっと空いていた部屋は、風呂なし、トイレなし、4800円。

風呂は浴場があるからいいが、トイレは・・・・・

部屋は5階なのに、トイレは一階。

どうなるんだろう・・・・・・・

家が遠く、高速も怖いので、こないだからホテルを予約したり又キャンセルしたりを繰り返していたが。今日はもうバテバテとなって身体が心配でやっぱりホテルにした。

でも、ここすごいホテル。

優雅なホテル住まいとはほど遠い。

これが田舎の現実、でもめげない。危険をおかして帰るより多分、良い。

明日の仕事が住まいの近くなので、明日を考えると家に帰ったほうがいい。しかし、明日より今日。今日の心配のためにやっと決断できた自分をほめたい。

人生は決断の連続。

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私にとって大切な時間とは?

私の日常はとても忙しい。そして、それも自分で決めることが出来ない状態である。

外来の曜日は決まっているし、当直も他の方との関係で決まってしまう。

半日を一単位、当直は一回分を一単位として、週間の単位数を計算する。たとえば今週は13単位だ。

一週間を7日とすると、一週間は日曜日もいれて、14単位。なので13単位ということは、週間の休みが半日しかないことになる。

私の目標は10単位である。一週間に5日分働けば十分だと思う。それが13単位とは。これはこの数年続いている。

今の働き方が自分の意思で変えられない以上、私の決めることは、仕事以外の時間の使い方だ。

夫にやれる家事は手伝ってもらう。しかし家事の大半はやはり主婦でないとわからないことも多い。

するとますます自由時間が少なくなる。

その少ない自由時間をどう使うかが問題となる。

やりたいことはたくさんある。その中で。

どうしてもやりたいこと。これだけはやるということをつきつめていく暮らしとなる。

そんな人生、大変でしょ、嫌でしょ、と思われるかもしれない。

しかし考えようによっては。

自分の人生に何がもっとも大切か。

を考えることになる。

それをつきつめることは、私にとって意味のある取り組みだと思うし、いつか「あの忙しくて、窮屈で、自由時間のなかった時期もそれなりに楽しかった」と思う時がくるかもしれない。

いずれにしても。

その貴重な時間を使って、このブログを書く。書く意味は自分でもまだわかっていない。でもなぜかパソコンに向かっている。自分と向き合う時間が自分にとって大切な時間になっているのかもしれないし、そうでないかもしれない。

ただ、できるだけ短い時間で書くことだけはこころがけている。いろんなことを最短で行う、時間を大切に使う習慣だけはしっかりとついている。

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弁当とオードブルと珈琲と。

職場に特別のお客さまがあるので、昼休みにレストランの予約に行きました。
職場から車で3分。女性のオーナーが経営するイタリアン レストランです。
弁当があるので、食べてから行く、珈琲だけいただくわ、と言ったら。
「弁当も持っておいで」と言われたのです。
レストランを訪問するのに、お弁当持参とは!
珈琲だけ頼んだのに、オードブルをおマケしてくれました。うれしかったです。

 

新聞連載の話になりました。
お客さまと、その話で盛り上げることもあるそうです。
「どんな方?」と皆に聞かれて、困るそうです。

 

実物と文章のギャップがすごくて説明できないそうです。

 

みなさんは、インテリジェンスの高い、堂々とした院長先生をイメージするらしいのですが。
おっちょこちょいで、抜けていて、不器用だし。○○子ちゃん! ダイジョーブ?って呼びたくなるような可愛いいところもあるそうです(笑)
そう。私は自他共に認める テンネン(天然)なんです。

裏表がない。

誰にも出来うるかぎりに平等。

これが私の長所ですが、同時に欠点となっているかもしれません。
 洗練された都会的センスはないでしょうね。残念ですが仕方ありません。
それは他の方にまかせ、地を這うように生きていきます(笑)

 

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コンディショニングの効果

右向き

後ろ向き

ピラティスの個人教授を受けてそろそろ4年。

最初は、妹に誘われグループレッスンに行きました。

しかし私の能力ではついていけなかったのです。

また仕事を終えて夕食を終えて出かけて行くときに、あまりにもせわしなくて、交通事故をおこしそうになり、危険を感じてあきらめました。しかしその先生が「訪問指導」をやっていると聞いて、早速それをお願いしたのです。

その後、その先生はピラティスから師匠を変え、コンディショニングというレッスンを学んできました。私のレッスンも、あまり力を入れるものではなくなり、ただ肩をもまれたり、ポールの上に乗って手足を動かしたりするものになりました。

先生、やめてよ。

こんなヤワなもので健康になるなんてウソでしょ!

と言いたくなるくらい、たるいんです。ねむくなってしまいます。それでも私は先生の言う通りに動いているうちに「生徒の中で、これができるのはアナタだけ!」というくらいポールの上のバランス感覚抜群になってしまったのです。私の年齢で「アナタだけ!」と言われたら驚くばかりです。

今日は先生が「写真に撮って研究してくる」とおっしゃるのです。研究熱心な先生なんです。私のカメラでも撮ってもらいました。

左が施術前。右が施術後です。

本当にわずかですが、背筋が伸びています。違いはよく見るとわかります。

こおゆうのをすると、しないのでは、だんだんだんだん姿勢が悪くなっていくのでしょうね。

コンディショニングは、かったるくて眠くなってしまいます。先生、もっと激しいの、やって!と言いたくなるんですが、私は先生の教えをしっかり守って、普段でも小さな脱力運動を続けます。

筋肉は強くする必要はないのよ。

同じ筋肉を40%しか働かせないのと、80%働かせるのの違いなの。ある筋肉をどうしたら効率良く働かせることができるかを調整するのよ。

そうおっしゃいます。

先生の師匠が書いた本をもらいましたが、まだ読んでません。また読んでわかったことがあったらお伝えしますね。

 

 

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至福の時

 

今日は暑かったですね。

当直明けの土曜日で、土曜日は外来患者さんが多く。

本当に疲れてしまいました。

もうバテバテでした。

土曜日の夕方まで仕事。ちょっと働き過ぎですね。

 

風呂からあがって、一緒にテレビを見ました。

至福の時です。

 

でも、テレビが面白くなかったのか、いちごはまもなく、ひとりで寝てしまいました。

気持ちよさそうですね。

 

テレビを消して、二階にあがって、スカイプを始めたら、いつの間にかいちごも隣の椅子で寝ています。

こちらの動きをよく見てるもんだなあと思います。

 

私も早く寝て、明日の活動に備えます。

「寝るよ!」というと起きだして、寝室に来るんですよ。子供と一緒です。子供よりある意味、賢いかも。

 

 

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インターネット コミュニケーション

最近あまりにも仕事が忙しく、ある文章を人にたのもうと思いました。そして クラウドワークスというサイトに登録しました。ライターを募集したのです。

たくさんの応募をいただき、世の中にはこんなに在宅ワークをしている人たちがいるのだと驚きました。そして順調にいくかに見えましたが・・・・・・・実は、トンデモナイ思い違いがあったのです。

実は相手の方とメールでコミュニケーションをとることのむづかしさを実感した次第なんです。

実は相手の方とメールでコミュニケーションをとることのむづかしさやわずらわしさは、対面で仕事を依頼した時と何ら変わらない、いや、わずらわしくないだろうと楽観したぶん、気分的に重いものとなり、また時間も何倍もかかり、その結果さえ、満足できるものではないこともあったのです。

ライターとしての腕とは別ですよ。コミュニケーションの話です。

忙しいために時間節約したくて依頼したことで、依頼しないで自分が書くより3倍くらい忙しいことになってしまいました。

たとえば、職場の心理士さんと廊下で出会う。ちょうど良かったと言って、たったの5分間の立ち話で、いろんな情報がいっきにはいり、表情から相手の気持ちもわかり、コミュニケーションもとれる。

それをメールのやりとりでおこなうとどうなるか。

書く時間。相手の返事が来るまで気になる。それからまた返信して書く時間。相手の返事を待つ時間。

なんて時間がかかるんでしょう。効率超悪いです。

メリットと言えば「化粧してなくてもいい」「パジャマ姿でもいい」「出かけなくていい」この3つなんです、笑えてきます。それくらい時間がかかるんです。

ただ、いろんな方と瞬時に知り合える点に関してはインターネットは群を抜いています。安倍首相さんや安倍昭恵さんと瞬時につながれる時代ですからね(私はつながろうとは思っていませんよww)

そういう点ではすごいことですよね。メール一本だすことで、ぜったいつながれない人と瞬時にお話しのできた体験も数知れません。

☆   ☆   ☆

私はインターネットで人と交流することにすごい年季が入っています。パソコン通信の時代にすでに全国の囲碁仲間とメッセージやメールを交換していましたから、実に30年になります。

最初のころ、たくさんの失敗をしました。相手の方がものすごく怒ってこられて、しかし思いあたることがなく、心痛はげしいことになりました。相手のメール、私のメール、穴のあくほど見つめた結果。

「ほんとにバカみたい」という一言が原因でした。

それは、囲碁の対局で失敗をした自分を嘆き、「バカみたい」と言ったつもりだったのですが、相手の方は自分のことを言われたと誤解されたのです。

また、インターネットの掲示板で「相談コーナー」を設けていた時にも、私の一言を相手が誤解され、すごくひどい反応が返ってきたことがあり、ショックのあまり、掲示板をその日のうちに閉鎖したことがありました。

お問い合わせフォームで相談に乗っていた時にも、ささいなことで相手が反応し、これも即、閉じました。慈善事業でやっていることで苦しむなんて論外です。

インターネットで仕事をしていた時。今度はスタッフ間のメールによるコミュニケーションがうまくいかず、やっぱり私自身がノイローゼのようになったこともあります。会えば5分ですむことが何時間もかかり、それでもうまくわかりあえないんです。

そんなこんなで、パソコンをまったく開かない時期も何回かありました。

そんなこんなの失敗を数えきれないくらい経験したあげく、長年、インターネットでのキャリアを積み重ねてきました。

☆   ☆   ☆

ただ、そのキャリアが生かされたこともあります。

インターネット結婚相談所というサイトで、結婚相手を見つけた時です。相手の方(今の夫です)の、簡単なプロフィールや、たった一通のメールで「この人!」と決める直観が働いて決め、それは的外れな結果にはなりませんでした。何回デイトを重ねても見えないことが、一通のメールで見えます。ことほど左様に「書く」ということは、その人の頭の中、心の中、そのもののようです。

心理検査などもそうですよ。

話していて、普通に見える方でも、書いていただくとめちゃめちゃ混乱していることがあります。書くことではごまかしがきかないんです。

書くことはごまかしがきかない。

 

これはほとんどの人が知りませんが、心理士や精神科医はよく知っていることです。

☆   ☆   ☆

ですからメールによるコミュニケーションほど、相手の頭の中が如実にわかるものはない。

反面、双方向のコミュニケーションをとろうとした場合には、こんなに時間がかかったり、誤解の生じるものもない。というところでしょうか。

△まとめ△

 書くことは相手の頭の中を見るようなものである。

 書く(メール)だけのコミュニケーションほどむづかしいものはない。

やっぱり、対面、メール、電話、スカイプ。いろんな方法を混ぜるといいですね。

ラインだけでやると、子供たちが傷つくというのもわかる気がします。

それらを了解しつつ、これからもインターネットと上手につきあっていきたいと思います。

インターネットなどせず、この高原を走りまわっていれてば一番、精神衛生上いいことだと思います。

しかし、それだけでは頭が萎えてしまいます。

インターネットとどんな形でつきあっていったらいいでしょうか。アウトプットとインプットをバランスよく組み合わせたいです。

今後につづく私の課題です。

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