インターネット コミュニケーション

最近あまりにも仕事が忙しく、ある文章を人にたのもうと思いました。そして クラウドワークスというサイトに登録しました。ライターを募集したのです。

たくさんの応募をいただき、世の中にはこんなに在宅ワークをしている人たちがいるのだと驚きました。そして順調にいくかに見えましたが・・・・・・・実は、トンデモナイ思い違いがあったのです。

実は相手の方とメールでコミュニケーションをとることのむづかしさを実感した次第なんです。

実は相手の方とメールでコミュニケーションをとることのむづかしさやわずらわしさは、対面で仕事を依頼した時と何ら変わらない、いや、わずらわしくないだろうと楽観したぶん、気分的に重いものとなり、また時間も何倍もかかり、その結果さえ、満足できるものではないこともあったのです。

ライターとしての腕とは別ですよ。コミュニケーションの話です。

忙しいために時間節約したくて依頼したことで、依頼しないで自分が書くより3倍くらい忙しいことになってしまいました。

たとえば、職場の心理士さんと廊下で出会う。ちょうど良かったと言って、たったの5分間の立ち話で、いろんな情報がいっきにはいり、表情から相手の気持ちもわかり、コミュニケーションもとれる。

それをメールのやりとりでおこなうとどうなるか。

書く時間。相手の返事が来るまで気になる。それからまた返信して書く時間。相手の返事を待つ時間。

なんて時間がかかるんでしょう。効率超悪いです。

メリットと言えば「化粧してなくてもいい」「パジャマ姿でもいい」「出かけなくていい」この3つなんです、笑えてきます。それくらい時間がかかるんです。

ただ、いろんな方と瞬時に知り合える点に関してはインターネットは群を抜いています。安倍首相さんや安倍昭恵さんと瞬時につながれる時代ですからね(私はつながろうとは思っていませんよww)

そういう点ではすごいことですよね。メール一本だすことで、ぜったいつながれない人と瞬時にお話しのできた体験も数知れません。

☆   ☆   ☆

私はインターネットで人と交流することにすごい年季が入っています。パソコン通信の時代にすでに全国の囲碁仲間とメッセージやメールを交換していましたから、実に30年になります。

最初のころ、たくさんの失敗をしました。相手の方がものすごく怒ってこられて、しかし思いあたることがなく、心痛はげしいことになりました。相手のメール、私のメール、穴のあくほど見つめた結果。

「ほんとにバカみたい」という一言が原因でした。

それは、囲碁の対局で失敗をした自分を嘆き、「バカみたい」と言ったつもりだったのですが、相手の方は自分のことを言われたと誤解されたのです。

また、インターネットの掲示板で「相談コーナー」を設けていた時にも、私の一言を相手が誤解され、すごくひどい反応が返ってきたことがあり、ショックのあまり、掲示板をその日のうちに閉鎖したことがありました。

お問い合わせフォームで相談に乗っていた時にも、ささいなことで相手が反応し、これも即、閉じました。慈善事業でやっていることで苦しむなんて論外です。

インターネットで仕事をしていた時。今度はスタッフ間のメールによるコミュニケーションがうまくいかず、やっぱり私自身がノイローゼのようになったこともあります。会えば5分ですむことが何時間もかかり、それでもうまくわかりあえないんです。

そんなこんなで、パソコンをまったく開かない時期も何回かありました。

そんなこんなの失敗を数えきれないくらい経験したあげく、長年、インターネットでのキャリアを積み重ねてきました。

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ただ、そのキャリアが生かされたこともあります。

インターネット結婚相談所というサイトで、結婚相手を見つけた時です。相手の方(今の夫です)の、簡単なプロフィールや、たった一通のメールで「この人!」と決める直観が働いて決め、それは的外れな結果にはなりませんでした。何回デイトを重ねても見えないことが、一通のメールで見えます。ことほど左様に「書く」ということは、その人の頭の中、心の中、そのもののようです。

心理検査などもそうですよ。

話していて、普通に見える方でも、書いていただくとめちゃめちゃ混乱していることがあります。書くことではごまかしがきかないんです。

書くことはごまかしがきかない。

 

これはほとんどの人が知りませんが、心理士や精神科医はよく知っていることです。

☆   ☆   ☆

ですからメールによるコミュニケーションほど、相手の頭の中が如実にわかるものはない。

反面、双方向のコミュニケーションをとろうとした場合には、こんなに時間がかかったり、誤解の生じるものもない。というところでしょうか。

△まとめ△

 書くことは相手の頭の中を見るようなものである。

 書く(メール)だけのコミュニケーションほどむづかしいものはない。

やっぱり、対面、メール、電話、スカイプ。いろんな方法を混ぜるといいですね。

ラインだけでやると、子供たちが傷つくというのもわかる気がします。

それらを了解しつつ、これからもインターネットと上手につきあっていきたいと思います。

インターネットなどせず、この高原を走りまわっていれてば一番、精神衛生上いいことだと思います。

しかし、それだけでは頭が萎えてしまいます。

インターネットとどんな形でつきあっていったらいいでしょうか。アウトプットとインプットをバランスよく組み合わせたいです。

今後につづく私の課題です。

GWの八ケ岳界隈

このあたりも、やっと桜が咲いてきました。

山桜の並木が道沿いにずーっと続く様子は圧巻ですよ。

このあいだまで、どのお店も冬季休業中でした。

いまいましいですよね。

どこに出かけても「CLOZED」の看板。

それがGWからは、いっせいに開き出します。

やっと春の幕開けです。

仕事をかねて、ちょっとランチなどをしました。

カントリーキッチンの チェスナット です。

チーズ工房のピザなので美味しいです。

またリゾナーレ小淵沢のチューリップの絨毯を見に行くのは。

わが家の恒例行事です。

ここだけ「田舎の中の都会」ですから。

気持ちは華やぐんです。

ふだんあるお店の他に、ちいさな可愛い店が

ずらーっと並びます。

見て回わるだけでけっこう楽しめます。

消しゴムはんこ というのを一個、買いました。

 

最後の〆は、いつも丸山珈琲のカプチーノです。

何回も賞をとっている芸術作品のゆうな珈琲です。

☆   ☆   ☆

平成24年に出した本です。

電子出版もあります。

 

 

原村マーケット

(画像をクリックすると文化園HPにいきます)

 

今日は天気が良くて快晴。

八ケ岳文化園も人でいっぱいでした。

子供連れの散歩客がちらほら。

時間があったら私も散歩したいと心から思いました。

 

はらむら ビリッジというマーケットをやっていました。

 

覗いてみると、タイ料理「遊流人(ゆると)」の看板と

美味しそうな料理の写真。

「ただいま、ご飯を炊いています」とのことで。たしかに

ゆるゆるとした商売のようでした。

画像をクリックすると、「遊流人」ブログにいきますよ。

タイ料理「遊流人」

最近、山梨に移住してきた若いご夫婦のようですね。

山梨は移住者が多いのですよ。

退路が断たれた人の強さを見て。

スタバで、原稿などパソコン作業をしていたら知人に

出会いました。

彼は平成7年頃から、私は平成10年からインターネットを

しているね、という話になりました。

「お互い、好きだねえ」と言いつつ、話題が途切れなくて

作業そっちのけで楽しい時間でした。

 

彼は10年前に大けがをして、好きだった仕事を奪われました。

それ以来、好きでもない仕事、安い給料で生活に困窮しました。

 

そういう方の子供ってしっかりしますね。

高校時代から学費を貯めだして、自分でさっさと大学に

進んだそうです。

そして今では東京で働いているそうです。

 

彼は数年前からインターネット事業(副業)を始めました。

私はことあるごとに励ましていましたが、実は悲観的でした。

簡単じゃあないことは予想できます。

収入ゼロが何年も続いたけど、彼はやめなかった。

そしてとうとう、最近になって月3桁の収入を得るようになり、

とうとう辛い仕事をやめることができました。

 

退路を断たれた方って強いですね。

 

新しい事業を始めたいという人は多いです。

でも、集客がまず一番むづかしいですよね。

かならず挫折する時期がきます。

 

そんな時、「お金がない、ない」と言いつつ、それでも

なんとかなっている人はそこで挫折します。

 

彼のように崖っぷちに立たされ、退路を断たれた人にとって、

やめるという選択肢がありません。

続けるしかないのです。

「続けるか」「やめるか」という選択肢がないのです。

そしてやがて・・・・・お金が入り始め、増え始めるのです。

 

「良かったね」と喜びあいました。

 

ちなみに、私も何かをやり始める人ですが挫折型です。

退路がまったく断たれていないからだと自分で思っています。

 

彼は言います。

「お金がない」「年金が足りない」「副業したい」と人は

口癖のように言うが、かならず金銭的になんとかなっている人が

多いそうです。

高い授業料を支払うコンサル生の8割が挫折するそうですから。

ほんとに困っていたなら、もったいなくて挫折などという言葉が

辞書にないはずなのに、と彼は言う。

 

挫折したくないと、ただダラダラと続ける場合も挫折と同じです。

環境って人に大きな影響を与えますね。

 

リスクを分散し、人生に保険をかける生き方も大事。

退路を断って、自分を追い込むことも大事。

 

 

いいこと探し

私の年齢で、週の労働時間が70時間を越える人は、

あまりいない。

あまりにも労働時間が長いので、多くの方から同情される。

けど、働くことを辛いだけとは思っていない。

働く = 仕事  というより 働く = 楽しい  と とらえている。

今日は思いたって、今日の仕事から得られた喜びを列挙してみた。

① 朝が早いので、気分がひきしまって起きれた。

②夫の車で 職場までドライブできた(一時間かかる)

③検診の仕事に慣れ、パソコンをうまく使えた達成感。

④病棟で肺癌の末期の方の相談をスタッフとおこない、感謝された。

⑤医局の電話を思わず私用で使ったら、知らない先生からひどく怒鳴られ、

 反省させていただけた。

⑥事務長と廊下で出会ったら、いい笑顔であいさつされ、うれしかった。

⑦仕事帰りに丸善に寄り、本や文具のいいのを見つけた。

⑧特急「あずさ」に乗って移動。旅行気分になった。

⑨桃の花が咲き乱れるのを車窓から見れた。

⑩丸善の隣のカフェで しばらく 禁忌にしていた珈琲を飲んだ。

⑪40年来の仕事仲間である男性医師に Cメールを送って楽しんだ。

⑫あげ膳据え膳で当直用の夕食を食べれた。

⑬夫に気兼ねなく、パソコンの仕事をできた。

⑭当直のおっちゃんや看護師さんと 大きな声で話し、笑った。

⑮今日もたくさん歩いた。

⑯タクシーに乗って、運転手さんの愚痴を聞いてあげた。

⑰たくさんの人に気を使い、使ってもらって感謝できた。

⑱留守を守ってくれてる夫に感謝の気持ちが持てた。

⑲ 仕事のおかげでアフタークリニックで役だてると思えた。

⑳ 当直は気も使うが、ひとりの思索の時間も持てた。

実はまだまだある。

    ☆       ☆      ☆

今日読んだ本に刺激を受け、ふと思いついて書いてみたら

あまりにたくさんあったので 自分でも感動した。

手前味噌になるが、アフタークリニックで日記を書くこと、自分を客観視することで

あきらかに自身も成長していると感じる。

アフタークリニックのHPができました。

 

アフタークリニックを開業して、丸三ケ月になります。

長い三ケ月でした。

少し慣れてきたので、これからは早く感じるかもしれません。

スタッフは私のほかに3名、合わせて4名でやっています。

臨床心理士のほか、メルマガを書いてくれたり、サイトを作ってくれたり、運営する人もいます。

いろんな方の協力でやっています。

ちょっとのぞいてみてください。

       http://afterclinic.com  

  このサイトは、まだまだ発展途上にあります。

これからどんな方向にいくことでしょう。

28年ぶりにスキーをしました。

最近、ブログをご無沙汰しています。
いろいろと忙しくしています。
アフタークリニックに心と時間をとられていることが
大きな原因です。
いつかアフタークリニック便りも載せますね。

今日は28年ぶりにスキーをしました。
まさか、まさか。
私がスキーをするなんて夢にも思わなかったです。

ところが患者さんの奥さんが。

「とにかく着のみ着のままでいらっしゃい」と言ってくださり。

それで突然気持ちが動きました。

そろえるとなると大変。でも全部そろえてくださったのです。

患者さんであるご主人がコーチ。

夫もすべりました。

すごく楽しかったです。

本当に楽しかったです。

ひょっとしてスキーを始めるかもしれません。

スキーのあと。

近くのカフェで珈琲をいただく楽しみもありました。

このごろ、冬景色、雪、寒さ、などにすっかりはまっています。

診断

12月24日、フィリピンの海上、舟の上で。
ちょっとした物につまづいて、つき指のようになった。
それがいまだに歩けない。
たいした怪我ではないのだが、かすかに圧痛があって、歩くとき力が入らない。

正月明けに整形のドクターに問診してもらった。
「骨折ではなさそう。いずれにしても治療は特別にない。」と言われた。
検査を勧められたが、どうせたいしたことないと思い、やらなかった。

今日また別の整形のドクターに問診を受けた。
歩けない期間が長くて心配になった。
医局でドクターの顔を見たとき、つかまえて聞くのだ。
「レントゲンを撮らないと診断できない」と言われ、すぐ指示を出してくださった。

で、結果はなんともなかった。
時間がたてば痛みはとれると言われた。

    ☆   ☆   ☆
「たいした怪我ではない」とわかってはいたが、内心、力を入れる瞬間に心配が走った。
だからずっと、びっこだった。
レントゲンを撮ってから、多少の痛みでも歩くようにしている。
これでだんだん歩けるようになるだろう。
「たいした怪我ではない」とわかっていても。
診断をつけるかつけないかで、こんなに意識が違ってくる。

これはこころの病気でも同じだ。
というか、こころの病気のほうが「診断」は大事だ。
ところが、診断をいい加減にして、まず「薬」という治療が横行している。

きちんとした診断をする。
見立てに添って、自らが治療を選択する。
そんな精神科医療を目ざしているが、なかなかそんな精神科医はいない。
患者さんもそれを求めない。
すぐ薬にたよる。
わたしがレントゲン検査をしぶった心境と同じなんだろうか。
違うんだろうか。

やっぱり今年も年賀状、書きますか。

年賀状を限定50枚にして、30年。
一枚増えたら一枚減らす。
ここ十年は、新しく知り合った方とは年賀状を交換していない。
そうそう。虚礼廃止が叫ばれた年もあったね。
もう20年以上前だったね。
そのとき、私も廃止した、でもあっという間に復活。
いただいた方にお返事を書いているうちに自然に復活してしまった。

さて。
12年前に結婚してからは、夫が年賀状の作成係り。
なので私は自分のはがきにあて名を書くだけ。
パソコンで印刷する方法を知らないので、手書きだ。
それでも、一時間もあったら書ける。

それほどに簡略化した年賀状だが・・・・・・
今年は迷っている。
わたしにとって年賀状っているだろうか、と。
いただいた年賀状。
ただ印刷したばかりの年賀状の数々。

アフタークリニックの影響だ。
私はインターネットを使いこなす。
ブログも書いている。
心療サイトまで作った。
それに加えて、年賀状まで出さなきゃいけないだろうか。
私の動向をブログを読んで知っている人に向かって。

すっかりできあがった年賀状を前に。
どうしよう。やめようか、今年は。
迷っている。
すっぱりとやめようかな。

正直いうと   苦手なんだ、年賀状。

ブログも写真もイラスト書きもFBも、心療サイトも。
ちっとも苦にならない私。
なのにたった一時間のあて名書きが苦痛なのだ。

もう苦手なことはやめても許される年齢にきてると思う。

「自己表現」より「人助け」

このごろ、アフタークリニックにかまけきっている。
心を入れ、気合いを入れて仕事をすると、精力を使いはたす。
ブログを書く時間がとれない。

それに、ブログは、人助けではない。
自己表現の場だ、読む人も元気な人だ。

アフタークリニックは、今 困っている方もいる。
そちらに力が入るのは自然だ。

ところが、今日のピアノ発表会にともだちのほかに、知人が来てくれた。
私のブログのファンさんだ。

こんな素敵な手作りの麻の袋。
添えてあった手書きのはがきに書いたあった言葉。

「いつもブログで元気もらっています、ありがとう。今日はがんばって弾いてね」
と書いてあった。

わたしみたいにつきあいの悪い冷たい人間に対して。
これはありがた過ぎる。

ご無沙汰してたブログも今日は書いた。
Mさん それに友達のK子さん、今日はありがとう。

今日のピアノ。
他の人が上手すぎて、ちょっとめげてしまいました。

ひさしぶりにレモン登場。寝てます。