わたし

 

わたし。

わたし、このごろ、こころと関係のないことに携わりたいという願望がとても強い。

でも、40数年もやってきた仕事以外にできるものはない。

ピアノもオカリナも「消去」してしまった。

もちろん、嫌いではなかったが、忙しい暮らしの中で何かを捨てざるを得なかったときに、消去させられたのだ。

今日は夕方から仕事。

珍しく家にいるわたしに向かって、夫が「ニッコウキスゲを見に行こうよ。行く、行くって一回も行ってない」と言う。

迷ったがことわった。

夫には悪いが、ニッコウキスゲは「消去」された。

原稿を書くことと、コラムをブログに載せるだけで精一杯のわたし。

でも、何か「こころ」以外のことをやりたがっているわたしがいる。

あ、そろそろ出なくては!

このレストラン、夫婦、友人、家族連れでいっぱいになってきた。お茶いっぱいで2時間も陣取るなんて。

コラム(15)子育ての先を見つめて

⼦育ての⽬的は「育てる」ことですが、「親からの⾃⽴」までだと認識している親は少ないのではないでしょうか。

⼦どもなんて普通に育てていれば、普通に家を出て⾃分で⽣活していってくれると漫然と思っているのが⼤抵ではないでしょうか。

ところがそうはいかない、という例を嫌というほど⾒てきました。

そんな中で、障がいを持った⼦の親から学んだことをご紹介したいと思います。

⼭梨に移住したころ、30歳の精神遅滞の⻘年が受診しました。

彼はグループホームで暮らしていました。スタッフの話では、東京で⽣まれ育ったが、幼いころに障がいのあることを知った両親が、親だけで抱え込むのではなく、いずれ親と離れて暮らしていけるようにと育てた結果だということでした。(私は親の先見性に感心しました)

また別の事例もあります。最近、発達障がいの私の男性患者さんが就職先が決まり、いよいよ1⼈暮らしをすることになりました。
この⽅は幼いころに障がいが分かってから治療を続けている方です。
⼀⼈っ⼦なので愛情独り占めでとても可愛がられて育ちました。が、両親は⼀⽅で「この⼦の⼒で⽣活していけること」を⽬標に育ててきたと言います。

⼈付き合いが下⼿で、能⼒に偏りがあるなど多々⼼配な点があったので、親元から離れることに困難があることは想像できました。そして⼤学に⾏く時、彼の第1志望は東京の⼤学でした。

⼼配する⺟親に「若いほど適応⼒はありますから、この時点で⼿放すことも有りです」と話したが、東京ではなく、地元の⼤学にだけ合格しました。

「学業も⼤事ですが、体を使って働く⼒のほうがもっと⼤事です」という勧めに従って、スーパーの⿂屋さんでアルバイトをしました。

さて、卒業する段になって、障がいを隠して就職するか障がい者であることを認めてもらった上で就職するかだいぶ迷った後、障がい者として働く道を選びました。そしてようやく温かく迎えてくれる会社が⾒つかったのです。

その会社は家からかなり近く、家から通勤できないこともない距離です。しかし両親はあえて、1⼈暮らしさせる道を選んだのです。

この年齢の⼦どもは素直なので、親の⽅針はとても⼤事です。どちらにもころぶ時期だと言えるでしょうかこの時期を外すと、⼦は親の⾔うことを聞かないし、また親元での暮らしがいかに楽ちんであるかを知ってしまうと、家から離れられなくなります。

会社が家から通える範囲であっても家から離しなさい、と私はいろんな⼈に助⾔します。アパート代がもったいないなどは論外です。

子供の自立とお金を図りにかけるなんてトンでもない。⼈間はもっともったいないことをいっぱいしているではないかと思うのです。

⻑い将来を⾒通せば、わが⼦が⾃分で⾃分の⾝の回りを整え、⽣計を⽴て(あるいは社会の援助を受け)暮らしていけるように⼿助けすることが、どんな親にとっても⼀番の務めではないでしょうか。

これら障がいを持った親御さんたちの真摯な⼦育てから、私が学んだことはとても⼤きいと感じています。

(:注*アパート暮らしも、もう4年目に入ります。年に二回ほど、今でも診察に来てくれます。お母さんとはスーパーや銭湯で2年に一回くらい出会います。そのたびに彼の成長ぶりを知り、目を細める私なのです。高校3年まで、母親と銭湯に来ていて驚きました。でも親がうまく道筋をつけさえすれば、そんなことは小さなことなのですね)

コラム(14)心のアラーム鳴ってるの聞こえていますか?

年の初めの外来はとても気ぜわしいです。

そんな中、なんとも浮かぬ顔で来院したご婦⼈がいました。お⼦さんもそれぞれに家庭を持ち、お孫さんもおられます。さぞかし華やかな正⽉であったろうと想像して話題に出したところ、突然涙ぐまれて驚いてしまいました。

⼭梨県は「⼈々が移住したい県ナンバーワン」です。K⼦さんもそんな移住者のお⼀⼈で、夫婦⼆⼈暮らし。お⼦さん⽅は遠くに住んでおり、正⽉に家族で集まる習慣はどうもないようでした。

寂しいけれど気楽な⽇々の暮らしを楽しんでいるつもりでいたと彼女は言います。
ところがこの正⽉、思わぬところから噂が⼊ったのでした。息⼦たちが寄りつかないのは、お嫁さんがK⼦さんを敬遠しているらしいということです。遠いから来られないのは仕⽅ないと気にも留めていなかったが、あらためてそういうことを知ってしまうと、とても悲しい。本当に落ち込むと彼女は涙ぐむのです。

K⼦さんはお嫁さんに気遣いをしてきたつもりでした。

でももっと近くにいて孫たちをみてやればよかったのだろうか。

私の⽣き⽅、わがままなのだろうか。

考えるほどに⾃分を否定してしまって落ち込むといいます。

こんな時「そんなに気にするほどのことではないよ」と⾔うのが⼀般的な対応でしょうか。

しかし精神科医Dr.あやこは違う(笑)。

 

落ち込んでいるのは私ではなくて当の本⼈だし、それが現実なのだから、まず認めてあげるのが先決だ。
今まではこれくらいのことで落ち込むことはなかった。しかしこの正⽉はなぜか⼼が元に戻らない。

ここがポイント!

こんな場合、つまり不安やイライラ、落ち込みなど普段と違う感情が出るということは、⼼に「アラーム」が鳴っているということだと教えてあげるのがDrあやこのやり方です。

⼼のケアに関わる私たちがとりわけ⼤事にするのが、この「⼼のアラーム」が鳴っているという事実に本⼈が気づくことの重要さです。

いつもとは違う気持ちの変化があった時に、「気にしないで」とか「まだ頑張れるはず」と⾃分の気持ちを抑え込む⽅向にいくのは危険だと思います。

認めた上でその気持ちにどんな意味があるのかを考えることが⼤切であり、治療でもあると考えています。

彼⼥に対しても落ち込みの意味について⼀緒に考えてみました。

「故郷を出て広い世間の中でもまれながら⽣きてきたあなたが失ったもの。それは親や⼦や孫たちとの密な関係や隣近所の友達。でもずっと地元にいたら得られなかった多くのものも⼿にしたと思う」

そう話すと、K⼦さんはうなずきました。

「両⽅は得られないですね。それを忘れ、今までの⽣き⽅に迷いが出たのですね。私の⼈⽣で⼤切にしていくことは何か、つい忘れがちなそのことを今⼀度⾒つめ直す時期にきているのかも」。

帰り際のK⼦さんに、来た時の涙はもうありませんでした。

泣き顔や暗い顔で診察室に入った方が、晴れやかな顔になって出て行くとき、事務員やナースたちは「何があったか知らないけど、そんな時が一番うれしい」と言ってくれます。

今日も患者さんから笑顔を引き出し、それを見守るのが私たちの仕事です。