八ケ岳クラフト市

 

今日は年に一度、わが家の前が車で渋滞する日です。

歩いて2分の文化園でクラフト市が開かれました。

 

私は「散歩のため」

夫は「雰囲気を味わうため」に毎年出かけます。

 

途中で、知人に出会い、おうちにお茶をお誘いしました。

私は本当につきあいも悪く、またその暇もなく、孤独に、暮らしておりますけど、やっぱり人は恋しくないと言えばうそになる。

人間は好きです。

ですので、知人に出会うと「お茶でもいかが?」とついつい言ってしまいます。

 

実は夫が建てた家のお施主さんだったので、話がはずみました。

 

私は夫の仕事にはまったくノータッチでしたが、夫のお客さまの名前と住まいの場所はすべて心得ています。性格やおうちの特徴も知っています。

会ったことが一度もなくても、お名前を一度聞けば忘れません、これは私の特技です。

10年くらい前のお客さまから電話がかかり、夫がどなたかわからない、と言っても「ほら、小淵沢に別荘を建てられた大阪のKさんじゃないの」とか言うので夫もびっくりします。

患者さまのことも、10年くらい前に来てらした患者さまでも、お名前を聞くと、いろんなことをすぐに思い出せます。

 

マ、それは余談ですが。

そんなわけで、ちょっと普段と違う一日を過ごしました。

 

 

コラム(26)人生の落とし穴・乗り越え輝く

 

⼈⽣には何が起こるか分からないものです。

あなたは普段からそのことを、どのくらい⾃覚しているおられるでしょうか。

先⽇、私の先輩である医師が愛する娘さんを亡くされました。

娘さんも素晴らしい医師として活躍されていた中での突然の出来事でした。

彼の悲しみようはとても⾒ていられないほどでした。

 

実は10年前、私も同じ体験をしました。

⼦どもたちの無病息災を祈っている⼀⽅で「うちだけは⼤丈夫」という根拠のない安⼼感があったかもしれません。

まさか、自分の子が・・・とは誰もが思っていることです。

 

しかし、ある幸せな⽇曜⽇の朝、息⼦が事故で亡くなった知らせを受けたのでした。

わたしは突然奈落の底につき落とされてしまいました。

 

⼈⽣には“落とし⽳”があって、いつ誰がそこに落ちても不思議ではないのでしょう。つくづくそれを思い知らされたのです。

でも誰でもそれくらいの覚悟をしておいたほうがいいし、また、だからこそ平凡な⽇々の有り難さが⾝に沁みるのだと思います。

 

滋賀に⽣まれ育った私の⽗も号泣するほどの悲しみの淵に落ちたことがあります。

91歳の夏、頼りきっていた妻が病気で急死すると、亡骸を前になりふり構わず号泣し続けたのでした。

悲しみと絶望から酒に溺れ、怒鳴ったり、失態を演じたりするようになりました。

品格のあった⽗とはとても思えない⾔動が進み、⼭梨に住む私の元に嫌々連れてこられることになったのです。

つらかったことと思います。

誰もが思うでしょう。

「90歳を過ぎるまで幸せに暮らしてきたのだもの、悲しみや絶望かも、もう無縁だろう」と。

でも⼈⽣の落とし⽳に年齢は関係ないことの過酷さを知ったのでした。

最後は⼩さなグループホームでお世話になり、1⽇1合のお酒を楽しみつつ落ち着いた暮らしを取り戻すようになりました。

⼣⽅になると⼥性職員に「家族が待ってるだろう。早く帰ってやれよ」と声をかける優しさがあったと聞いています。

やがて私の顔も分別がつかなくなっていましたが、最期まで品格だけは崩れなかったように思います。

 

落とし⽳にいったん⾜をとられましたが、⾒事にそこを乗り越えた⼈の⼈⽣は、さらに輝くことを⾒せてもらったと思っています。

最近、ニュースで⾒るような事件や災害、世の中で起こるすべてのことは、あなたにも起きうることです。

 

しかし、⼈⽣の落とし⽳は、必ずしも⼈を不幸のどん底につき落とすだけのものではないと思っています。

それは⽣きている以上避けられないものであり、私たちがふたたび這い上がって成⻑するきっかけとなり得るのだと私は信じたいのです。