今日いらした患者さんは、私のファン。
もう二年以上通院されているちょっと軽度の認知症の方。
いつもいつも「月一回のこの日が楽しみ」とおっしゃる。
ところが、今日にかぎって雲行きが怪しい。
「先生との信頼関係は崩れました」と固い表情でおっしゃる。
今日はヤバイと思い、ご主人に出ていってもらった。
聞くところによると。
なんでも、先月来院された時、患者さんは私にまず、挨拶をされた
のに、私はろくろく挨拶をせぬまま、ご主人と話し出したのだと言う。
「患者が挨拶しているのに、挨拶を返さぬまま、他の家族と話し
だす医者など、古今東西にいない。本当に失礼だ」と言いつのる。
心当たりがあった。
その方はいつもご主人がそばに付き添い、こまかい説明をしてくだ
さる。先月は、そのご主人が入院されていたということでやつれて
おられ、心配だったので、まずご主人をいたわった覚えがあった。
また、二年という歳月の中での「慣れあい」もあったかもしれない
い。初めての方だったら、ぜったい患者さんしか見ないだろう。
私はあやまった。言い訳はいっさい無し。
でも、患者さんはいっこうに許してくれない。しつこく責めたて
る。今日は私の体調もことのほか悪く、堪忍袋の緒が切れそうに
なったが、相手の気持ちを100%受け止めて、あやまり続けた。
でも拉致があかず「そこまで信頼されていないのなら、もうこの病
院を卒業できる時に来たということでしょう。診察は今日で終わり
ということにしましょう」私は診察室を出た。
その患者さんも固い表情で診察室を出て行かれた。
ご主人にも、その旨を伝えた。
「残念だけど仕方がないです」とおっしゃってくださった。
看護師にも経過を伝え、つぎの診察に向かった私は・・・・・
突然、待合室に行き、まだ怒っている患者さんに向かって。
「もう会えないね。ぜひ元気でいて!」とニコニコして言った。
びっくりされていたが、かまわずに「さびしいな。もっともっと元
気になってね。さよなら」と言うと・・・・・・
突然、以前みたいに私の頭を、ぽこん と叩かれた。
そしてふたりは和解したのだった。
Yさん。いつまでもご夫婦仲良く、元気でいてください。
☆ ☆ ☆
私はプロなので、いっさい言い訳をせず、あやまることができる。
しかし、家ではこうはいかない。
「でも」
「だって」
「・・・・・・」
ごめんなさい、の一言は、なかなか出ない。
主婦のプロになったら言える言葉だろうか。