連載コラム(36)一歩だけ踏み出す効用

<36>「⼀歩だけ踏み出す」効⽤

患者さんに対応する時、「⾏動こそがホンネ」という⾒⽅をすることがある。例えば「早く1⼈暮らしがしたい」と⾔いながら何年も家を出ない⼈がいる。「もちろん結婚したいです」と⾔いつつ決断しない⼈がいる。「こんな会社、今すぐ辞めたい」なんていうのもある。どれも「⾏動こそがホンネ」という理屈に⽴つと、「1⼈暮らしもいいけど、この居⼼地は⼿放せない」「⾃分を捨ててまで結婚したくない」「会社を変わるほどの⾃信はない」あたりがホンネだと私は踏んでいる。その⼈の⾔葉より⾏動を⾒よ、である。

ご主⼈を亡くし、1⼈暮らしとなった75歳の⽼婦⼈がおられた。⼼配した娘さんが夫と3⼈の⼦どもを連れて同居した。

最初はうれしかった婦⼈だが、間もなくことごとく若い⼈たちと合わなくなり、うつ状態になってしまった。「やっぱり1⼈暮らしのほうがよかった」「でも私から同居を望んだのに、出て⾏ってとは⾔えない」と悶々としていた。私は軽い発想の転換のつもりで、「いっそ広い⼀軒家は若い⼈に譲ったらどう︖」と提案した。「娘さんから家賃をもらって、アパートで気ままな1⼈暮らしもいいかも」彼⼥は素直な⼈で私の軽い助⾔を本気で実⾏したのだ。家具つき賃貸アパートを⾒つけてきたのには、私のほうが驚いてしまった。そして「ここで⽣活してもいいかも」と思えるようになったという。しかし結局、彼⼥が家を出ることはなかった。なぜなら「嫌だったらいつでも出られる」という余裕と⾃信が彼⼥をちょっぴり変えたのだ。娘夫婦との軋みが明らかに少なくなった。その後、いろいろあって娘家族が家を出ることになり、今ではほどよい距離を保ってうまくいっているという。

私⾃⾝は⾏動派である。⾏動すれば失敗も多くなるが、想像を超える発⾒がある。⽼婦⼈のように少し経験するだけでも選択肢が広がって⼼に余裕が⽣まれるし、⾃信がつく。これらが⾏動することの効⽤である。そこで提案だが、もしあなたにくよくよと悩んだり、決めかねていたりすることがあるのなら、まずは⼀歩でいいから⾏動してみてはどうだろう。

ここがポイント!

「⼀歩だけ」がいいのは、⼀歩だけなら失敗が少なく、成功体験を得やすいからだ。⼭梨⽇⽇新聞の連載「にじいろ⼦育て」に先週書かれていた⼦育てに⼤事な「成功体験」も「⼀歩だけ」なら失敗が少なく、わが⼦が⾃信を積み重ねやすくなる。⼀歩進めば景⾊が変わる。もう⼀歩進めば気持ちが変わる。次の⼀歩は、⼀歩進んだ後で考えればいい。「⼀歩でいい」「⼀歩がいい」が、私の勧める最⼩にして最⼤のコツである。