連載コラム(53)それぞれの旅に出よう

この夏、ある患者さんが旅に出た。

その女性は育児に困難を抱えて子どもたちを施設に預けていたため、喪失感と自責感で落ち込んでいた。ご主人との関係まで悪くなっていたが、彼が旅好きだったこともあり、また自分にも変化の必要性を感じて、二人で東北へ旅したらしい。

どうだった?と聞くと「二人の関係性を確認することがいくつかあった」と言う。「何年ぶりかで手をつないで歩いた」「手の暖かみを感じた」「お互いに相手が必要な人だと思えた」と話してくれた。思いきって旅に出て良かったね、と私も嬉しかった。

 

別の患者さんは、突然「東京の病院に変わるので紹介状を書いてほしい」と言われた。一年ほどしてまた戻ってこられた時には別人のようにさわやかな表情だった。

「あの時は家庭のことでにっちもさっちもいかなかったんです。東京の友人が手配してくれて、月に一回、信州から上京して東京の空気を吸って、診療を受けて帰ってきた。その日だけ別人になれたんです。それを続けているうちにふっきれました」と話してくれた。

患者さんたち皆、やってくれるなぁと思う。真剣に悩み、今までと違った行動に出ることで、違った視点が生まれるらしい。

 

私もこの夏、夫婦で北海道を旅した。

二人旅はここ数年の恒例だが、私にもきっかけがあった。

7年前のこと。夫の海友達がフィリピンの海辺に移住を決めて、我が家に挨拶に来ていた。彼が落ち着いたら夫も遊びに行くことになっていたが、私は仕事があって休めない。猫もいる。第一、海に潜ったり泳いだりに関心がない。男同士の会話を他人事のように聞きながら洗い物をしていたその時、彼が「奥さんも来れば?」と唐突に言った。

私はキョトンとし、行けない言い訳をいっぱいしたのだった。しかしかたくなに言い訳をしてみると、不思議と「私も行ってみようかな」と思う気持ちが出てきた。仕事のことも他のことも本気になればなんとかなる。なんとかしようと思って出来ないことは少ないと思えた。

 

とはいえ毎回、二人で旅に出るとハプニングの連続だ。まず私が大事なチケットをなくす。道順がわからなくなって迷う。お互いの体質の違いや、行きたい所ややりたいことで揉める…。

昨日までのパターン化された日常とはすべてが違うのだ。

役割も関係性も見直さざるを得ない。夫婦にとってこれ以上の脳活性法はないのではないか。

それ以来、年に一回の旅が自分たちの関係活性化と老化防止のために必要になった。

思いきって旅に出よう。環境を変えよう。

どんなちいさな旅でもいい。

いろんな旅があっていい、それぞれの旅に。