こころの病と向き合うために・13 ケース

「自分の気持ちを大切にする」「自分を大切にする」というテーマで書いた翌日の今日。

ふたりの方が、たまたま そんな例だったので ご紹介します。

ひとり目の方。30才代の男性。

うつ病で自殺を図られた後、外来に通っておられます。事件があった直後、とるものもとりあえず

空路はるばる駆けつけたお母さんは、いかにも田舎の素朴で優しそうな方でした。

彼はお母さんから、幼いころから「人には優しくしなさい」と、そればかり言われて育ったと言います。

だから自分の気持ちを押し込め押し込め、いつもまわりにあわせて生きてきました。

仕事でも有能、家庭でも まわりに優しいおとなしいご主人。しかし うつ病になった今、自分の気持ちが

「うつ」 に傾くと、それを表現できず、どうしていいかわからなくなり、自分を殺したくなると言われます。

誤解のないようにいいますが、うつ病になったことは 育て方と 必ずしも関係ありません。

いくら親が「人に優しく」と教えたところで、そんなこと 端から忘れている人のほうが多いかも

しれない。育て方もまったくの無関係とは言いませんが、やはり生まれつきの気質の影響が大きいと思う。

しかし、どんな人間であれ、人間には何がおきるかわからない、というのが 真実です。

そのひとつが こころの病です。そして、自分の力で病から立ち上がっていかなければならないのです。

そのときに、治りやすいかどうかに関係するのが、自分を大切にしているかどうか、自分に正直に生きているかどうか、

そういうことなのです。

この方が 自分の気持ちを自分で受けとめることができるまで、 落ちこんだり 自信をなくしたりしても その

気持ちを支え続けることが私の仕事。それが治療。根気よく続けている間に、かならずいずれ良くなっていかれると

信じています。

もうひとり、やっぱり30才代の男性。

すばらしく頭の良い方で、東京の一流大学の博士課程を修了。将来を嘱望されていたとき、たったひとりの

妹さんが こころの病にかかったことを知りました。東京で就職することをあきらめ、親を助けよう、妹の

そばにいてあげよう、そう決心して 田舎に身をうずめました。

しかし、その後10年たっても、妹さんは良くならない、 家族のためにと、自分を殺し、合っていない土地や仕事を

選んでしまったツケが回って、今はもう親元からも 離れるにも離れられず、葛藤のはて 病院に来られました。

先ほどのケースもそうですが、「親の言いつけを守りたい」「親を助けたい」「迷惑をかけたくない」

そんな 心優しい子、いいえ 優し過ぎるのですね。そんな優し過ぎる気質の人が一番 犠牲になります。

「優しい子に育てたい」と親は誰も思います。「命を大切にしてほしい」とどの親も願います。

でも、親の仕事って 子供が 親から自立し、自分の足で立ってしあわせに生きることでしょう。

親はずっとそばについていてはいけないんです。

自律(自立)して立ち、しあわせに暮らすために必要なこと。

そのとき必要なのは 人に優しくする事でもない。人に迷惑をかけないことでもない。

親を助けることや 家族のためにと自分を置き去りにすることでもない。

勉強ができることでもなければ、立派な社会的責任を担うことでもない。お金持ちと結婚することでもないし

楽して生きるすべを知っていることでもない。

じゃあなんでしょう。

わたしは そのことを考えたとき、たまたま こころを病んで病院に来る人をたくさん治療した経験から

「まずは自分を大切にすることが先、他のことは それから考えてもおそくない。」と考えたのです。

違う答えがあってもいい。わたしはそう思っているけど、違うっていう人もいるかもしれない。

私の答えが そうだということをお話ししたいだけなのです。