私のライフスタイル

私のライフ スタイルは、「ライフスタイルがない」のが特徴だ。

相手に合わせ、状況に合わせ、趣味でも食べ物でも変えてしまえるので

かって子供たちから「カメレオン」というあだ名をつけられていた。

第一、食べ物の好き嫌いは、まったくない。本当に何ひとつない。

私が食べれないものを見つけたら賞金を出すと常々言っている。

わたしが50歳を過ぎて再婚し、田舎の暮らしに簡単に適応しているのは、そのいい加減さのせい。

エッセイストや風流な人が「わたしのライフ スタイル」などと 素敵なエッセイを

書いているのを読むのは楽しいが、わたしにはあり得ない。

自分で「素敵」といっていた暮らしが、一ケ月後には正反対のことを言っているだろう。

さて、前置きが長くなった。

私は一生の間、朝起きが悪く、7時以前には起きたことがない。

起きれたこともない。本当に一度もない。起きれない。

ところが、最近妹の出勤が 朝は5時前に起きて、6時過ぎに出るという。

朝早く、ひとりで出て行く妹を見送ってやりたいという 優しい気持ちも少しはあるが、

またまた、ライフ スタイルを 変えてみたくなった。

わたしはどうも「守る」とうより「変える」ということが 心底あっているのだ。

そしてもうひとつ。

ころんでも、ただでは起きない性分もある。

突然妹と猫が飛びこんできた 三人暮らしは はたから見れば何かと大変かもしれない。

だけど、どんな状況でも 見事に楽しんでしまう能力が身についている。

なんだか楽しくて ハイ テンションになっているものだから

突然 朝は 5時半に起きれてしまった。

でも 昨日も今日も、病院に遅刻した。

どうしてこんなに早く起きているのに 遅刻だけは いつも通りやらかしてしまうのか。

自分のいい加減な性格が 不思議といえば不思議だ。

小心で几帳面な人なら私と、一週間と一緒には暮せないだろう。ふりまわされて。

でももし太っ腹な人なら、なんておもしろくて飽きない女性なんだと思うことだろう。

できるだけ相手を驚かせないように、わたしなりに用心はしているけどね。

わたし流しあわせの見つけ方

野バラ

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近くに住む友人の家の庭にある野バラの樹は

日本一の大きな野バラの樹。こんなに大きいのはほとんど見られない。

一昨年もブログに載せたが、今年は例年より花つきが悪い。

でもそれって ほんとに自然で、生きてるって証拠ですね。

わたし流しあわせの見つけ方

酢豚

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この一ケ月半、上げ膳据え膳でした。

妹の仕事が始まったので、久しぶりにキッチンに立ちました。

料理というのは、誰かのためにしか作れないこと。

料理というのは、ひとりでリズミカルに食材を使いまわしていくほうがいいこと。

たまにキッチンに立っても、段取りが悪くて 本当に疲れてしまいました。

たしかに「台所に女性はふたりいらない」と言いますが、

二人とも働いている場合には、息が合えば、とても楽になると思います。

私が作ったのは酢豚だけですが、妹が春雨の酢の物や野菜サラダを作ってくれたので

急に華やかになりました。

わたし流しあわせの見つけ方

雨の日曜日

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高原に住んでいると、お天気が良い、というだけでもう心うきうき。

庭に出たり、散歩したり、になたぼっこしたり。ああ しあわせ。

でも高原の雨の日。

なあんにもない、デパートもないし、ショッピングもないし、ランチもねえ・・・・・

だから 本当に心が豊かで満たされていないと、ゆううつで不幸・・・・・・な一日になってしまう。

高原の雨の日曜日のこころは、こころの豊かさをはかる ものさし。

用事に惑わされずに、満たされた静かな一日を過ごしてみよう。

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実験的共同生活④

わたしたちは実はまだ新婚です。仲の良い夫婦です。

その間に 夫の妹がはいりこんでくるなんて、と 最初は思いました。

でも どんなに仲の良い夫婦でも、毎日 相手の目を見つめあって暮らしているわけではありません。

手を携えてはいますが、見ている方向は 相手の目じゃなくて 前方です。

夫にも夢がある、やりたいことがある。わたしにも夢がある、やりたいことがある。

結婚生活は目的ではなくて 手段なんです、お互いの人生をより充実させるための。

だから、結婚生活って 愛情生活というより共同生活。誰がそこに入りこんでも

お互いが精神的に自立しているかぎり、邪魔にならないばかりか より楽しくなるはず。

親から自立できない息子や娘が アパート代を払うのがもったいなくて あるいは食事つくりが面倒で

パラサイトしているのとは 根本的に違います。

すでに 子供を育てあげた私たちの生きる方法は これから たくさん選択肢が出てくると思う。

一ケ月前には 夢にさえ想像しなかった おとな三人の実験的共同生活は 今 始まったばかりです。

どんなに仕事が忙しくても 美味しい料理の食べたい私は わたしと妹と夫で 協力しながら素敵な暮らしを

作っていくと思います。夫婦ふたりも静かでいいけど 多いのも刺激があって楽しい。

もっとも実験だから 失敗したら 解散するわ。

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実験的共同生活③

昔からずっと思っていました。健康で働きざかりの人の給料が安過ぎます。

94歳で亡くなった父は、普通の公務員でしたが、年給はなんと月29万円いただいていました。

34年間にいただいた年金は 億単位ですよ。不公平すぎません?

今、公務員だったり大きな会社に勤めていたたくさんのお年よりが、今月20万円以上の年金をいただいているのでは

ないでしょうか。

一方、大学を出たばかりの人の初任給が20万にならないところが大半です。現役の人の給料が安過ぎる。

大きな会社に勤めていた方が亡くなって、その奥さんにいく遺族年金が、身を粉にして働くおばさんたちの賃金より

高いってことは ざらにあると思います。

今の制度は 同じ会社に長く勤めた会社員とその妻が有利なように作られている制度です。

給料の高い医者の私は職場を変わったり、開業したりしているので、今年金をいただくと 月10万円なんです。

うそではありません。

何よりおかしいのは、夫が亡くなったら妻に遺族年金がいきますが、妻が亡くなった場合、夫には遺族年金が

いきません。今私が亡くなっても 月5万ほどの遺族年金さえ 夫は受けとれないのです。

男性は会社に勤めなさい、女性は奥さんでいなさい、といって作られた制度だからです。

一生働かなくても暮らしていける女性がいる一方で、私の妹も私も 働き続けなければ暮らしていけません。

わたしたちの人生設計が悪かったのでしょうか。

高い給料をいただく会社員と結婚しなかった私たちのせいでしょうか。

多分、そうでしょうね。

そうやって生きることのほうが 楽できるなんて 夢にも考えてなんかいなかったから。

だったら、助けあおうじゃないの。

一緒に働いて、一緒に料理をつくりあって、さいわい広いわが家を分けあって、助けあって暮らしていこうじゃないの。

きっと楽しいよ。

それがわたしの提案でした。

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実験的共同生活②

姉妹のいなかった私は、再婚した夫に妹がいて、近くに住んでいると知り、うれしくてかなりモーションをかけていました。

一回り以上も年の違う妹はどう思っていたかしらないけど、でもけっこう仲良くしていました。

今回、妹が東京に行くことになり、さびしい思いをしましたが、喜んで送りだしました。

それが、三週間もしないうちに、出戻ってきたんです。

同居してしばらくは疲れました。だけど次第に、「同居ってなんだか楽しいぞ」と思うようになってきたのです。

妹と私は性格が」正反対。

社会的にはしっかり者で現実的でデキパキしているけど、家では「抜けすぎている」わたし。

社会的には本当にたよりなくて、一文なしになり、家も仕事もなくしてきたような妹は 家庭的には

料理も上手で優しくて、その日一日を楽しく暮らす天才です。

同居が楽しいと思い始めながらも、当然ですが同時に仕事や家をさがし始めました。

妹は働き者なので、当然調理師の資格を生かして、仕事ができると思っていましたが、

キャリアは認められず、どこも派遣社員、時給は安く、現実の社会がいかに厳しいか、

本当に思い知らされる毎日でした。

わたしは俄然 腹がたってきました。

男性社会のまっただ中で、仕事と家事を両立して働き続けるわたしと、時給を安くたたかれる妹は、

同じ立場の同志ではないかと思い始めたのです。

わたしは言いました。

あなたを追い出すわけにいかないわ。助けあわない? あなたの苦労と私の苦労はきっと同じものよ。

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鉄線

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 わが家の庭の鉄線が咲きだしました。

クレマチスもいいけど、昔ながらの鉄線もいいものですね。

鉄線が垣根をおおって咲き乱れている風景は

私の若いころの甘くそして懐かしい思い出の風景です。

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実験的共同生活①

子供たちもすっかり成長して大学に行き、ひとり暮らしとなった夫の妹が再婚しました。

家も処分し、すっかりシンプルになって東京へ。

ところが事情があって、再婚に失敗。

帰る家もなく、兄夫婦であるわたしたちが「帰っておいで」といって出戻ってきたのが一ケ月前。

それ以来、中年夫婦であるわたしたちと 妹と猫の暮らしが始まりました。

妹には当然仕事をさがし、さっさと出ていってもらう予定でした。

ところが、キャリアのある調理師である妹でも、仕事がなかなかないんですよ。

あっても、給料が安い。とてもじゃないけど アパートを借りて満足な暮らしのできる給料ではない。

妹の子供たちは、母親が苦労して育てたのでとっても、いい子。ふたりとも母親には一銭の援助も受けずに

東京で学生生活を送っている。母親も子供に負けず自立したいところだけど、中年女性のひとり暮らしはいま、とても大変な時代です。

時給800円とかの世界です。暮らしていけます?

妹が必死で仕事をさがし、面接を受けている様子や、安い住まいを苦労してさがしている様子を見ているうち、わたしの正義心が 

ムクムクと頭をもたげ始めてきたのです。

世間にいつもどこかで反抗心を持ち、いつも世間の半歩先を歩いてきた私の今回の心の軌跡についてお話しします。

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音楽の集い

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中年を過ぎてからピアノやフルートを始めたご近所仲間が集まって

食事つきミニコンサートをしました。男性3人、女性2人、観客4人。

グランドピアノや音響装置や美味しい料理のそろったペンションの多い土地柄なので。

こうゆう企画をするときは楽しみがいっぱいです。

庭の花たちも今が最盛期。

楽しい一日が過ごせました。

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