うつ病について② その本質

うつ病はこころの病気であると長らく言われてきた。しかし最近では、脳の中の伝達物質の減少から起きる脳の病気であると言われるようになった。

でも、これはどちらでもいいことである。脳の変化が関係して、こころに病的な変化があらわれる病気である。、そうであれば、こころの病気であっても脳の病気であっても言い方の違いだけである。伝達物質の減少は、原因なのか結果なのか、本当のところはまだわかっていない。

しかし、精神医学的に言うと うつ病は、精神的エネルギーが枯渇した状態である。

たとえば、すごくショックで悲しいことがおきた場合、つぎのようなことが起きる。

ねむれない。食べれない。何もやる気がしない。ショックで将来に自信が持てない。不安でいらいらする。自分のせいだ、と 罪悪感にさいなまれる。一日寝てばかりいる、でも考えがまとまらない。悲しい。憂うつである、などなど。

こんな場合、うつ病尺度を測ると 「うつ病」になる。

でも 医師は うつ病とは診断しない。悲しむエネルギーがある、つまりエネルギーは枯渇していないと判断するから。

しかし、62才の男性が 妻に連れられて病院に来た。男性は生気なく、無口。訴えることもあまりない。ねむれますか? との問いにも「さあ・・・」と首をかしげる程度。

妻によると、一年前に定年退職したあと、生活のため再就職するといって、ハローワークに通っていた。やっと再就職した先は肉体労働で、きついきついといいながらもがんばっていた。ところがここ一、二ケ月前から なんとなく元気がない。よくねむれていないみたい。時々ぼーっとしている。前よりグチっぽくなった・・・・・など。心配で連れてきたと。

こんな場合、もちろん丁寧に診察をしないと診断はできないけれど、うつ病をまず疑うことになる。エネルギーが枯れている状態である可能性があるから。

うつ病が、エネルギー枯渇の状態からくることは、精神科医の中では自明のことであるが、一般にはあまり知られていない。

うつ病の診断がむつかしいこと。また どんな病気でも 軽い うつ のような状態はつきものなので 「うつです」と 言うと説明しやすい。納得してもらえる。ことなどから うつ病という病名が蔓延する。

しかし、自分で「うつ病です」という人の大半が うつ病ではない。「今日はうつがひどい。会社にいけない。家事ができない」と さわぐ人の大半は うつ ではない。

なぜか。

うつ病になると そもそもさわぐ元気が出てこない。さわげるだけのエネルギーがない。また「今日は元気。明日はうつ」というような器用な使いわけができない。うつ の渦中にいると、自分で自分の顔が見えないように、うつ であることを自覚しにくい。元気のない自分が 普通だと思い、だから 元気の出ない自分が悪いと信じているから 誰も責めないし訴えることもないまま 閉じこもりがちになってしまう。

なので初発の時は、周囲の者が気づいてやるしかない場合も多い。

エネルギーが非常に低下し、そのことを本人は気づかず、自分を過小評価して苦しむ。

そんな病気が うつ病の本質。

うつ病は エネルギーの問題であるから、5年も10年もうつ病が続くこともない。

同じエネルギーの状態を維持するほどむつかしいことはない。2年もすれば低下しすぎて重症になるか、自然に治ってしまうかどちらか。

うつ病だといわれて2年以上、同じ病院で同じ治療を受けている人がいたら、それは うつ病ではない。エネルギーの低下によるものではなく、エネルギーの使い方に問題があるか、環境への適応に問題があるか、だ。

余談だけど、エネルギーの低下= 心が弱っている とも 違う。

「心が弱った状態」 とは 「自我」が関係してくる。

でも うつ病は 純粋に エネルギーが低下した状態。自我は健康なんです。健康な自我の持ち主であっても、エネルギーが低下すれば 誰にでも起きる。(そういう意味で うつは こころの風邪 と呼ばれるようになったのかもしれない)

むしろ 健康的なことが自慢であったりする元気な人のほうが うつを発症しやすい。それは健康で頑張りやの自分をついつい過信するからかもしれない。また体が頑健なので ついつい頑張れる。体はがんばれるから頑張るけど、知らず知らずに精神的エネルギーは枯渇している。そんな人が うつを発症しやすい。

じゃあ 年よりは体が弱るから うつにはなりにくいか、って? 

ところがどっこい。年をとると 精神的エネルギーが減ってきている。でも最近は 年とっても若々しく元気でないといけない、みたいな風潮があるので 自分のエネルギーの減少を自覚しない年よりが多くて、年とった人の うつ病、とても多い!

さて、うつ病にかかってしまうと 自覚しにくいと話したが、だからこそ、健康なときに 心のエネルギーについて考えておくことが大事だと思う。

そんなこと考える必要もない、という自信のある人は 周囲の誰かのために。

そして ついつい頑張りやのあなたや これから塾年、老年を迎えるあなたは自分のために。

こころのエネルギーのことについて その話に耳を傾けてください。

               ☆    ☆    ☆

さて、すごい頑張りやを自称するわたし。でも うつ病にはなったことないんです。

なぜかっていうと、体が弱い。 あっという間に グター となっちゃうんです。

体がこんなに弱くなかったら とっくに うつ になっていたかも、って思う。

うつにならないかわり 自律神経はやられます。

病気になる人は うつ病タイプと 自律神経失調タイプに分かれます。

あなたはどっち?

 

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散歩日和

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今日は散歩日和。

近くの農場まで 散歩をかねて 野菜を買いに。

田舎暮らしになってもうじき2年。

このごろやっと 散歩が身についてきた。

散歩日和になるといつでも家を飛び出すようになった。

健康のため、という能書き不要。自然の中にいる、そのことだけで

体も心も喜んでいるのがわかるから 自然に飛びだしてしまう。

                ☆      ☆      ☆

仕事に関しては強い信念のある私だが、住まいに関しては何の信念もない。

夫が行くところなら どこでもいいよ、と越してきた この山暮らし。

皆から同情されるくらいの標高高い山の中だけど、わたしにしたら

マ、どこでも いいところあるんじゃない? っていういい加減さ。

そして最近、少しづつ 好きになってきている(慣らされてきている)

先日の休日など、2時間も散歩したのに、朝から寝るまで 人間には誰ひとり出会わなかった。

都会にいたときも 楽しいと思ったけど こんな山の中でも楽しい。

どちらがいいかってことじゃなく 

何を捨て、何を得るか、それだけの話だもの。

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うつ病について① 診断のむつかしさ

うつ病は、こころの風邪と言われている。誰でもかかりうる病気という意味で「風邪」と言ったのだろうけど、「風邪」という言葉は、うつ病の本質からはかけ離れた言葉であって、あまり適切ではない。

風邪というにふさわしい心の状態は、「精神的に疲れたわ。もうグッタリ」とか「落ち込んでしまった」という状態。風邪と肺炎が 喉や気管に関係するけど、病気は別物であるように、「精神的に疲れた」「落ち込んだ」「滅入ってしまう」という状態と「うつ」とは、似て 非なるものだ。風邪と 肺炎にたとえるとわかってもらえるかもしれない。

うつ病の診断は 専門家でも むつかしい。

インターネットや新聞などに、「ねむれない」「食べ物が美味しくない」など 項目が並んでて、いくつ以上あてはまったら うつ病の可能性があります、などと 書いてある。が、しかし、診断はそんなにカンタンではない。

なぜかというと 主観的な睡眠障害とか食欲不振とか 気分の落ち込みとかが 客観的に見るのと違うからだ。

では、医師が客観的に見れば、すぐにわかるかというと、これまた カンタンではない。診断の中で うつ病がもっともむつかしく感じる。なぜだろう。 

こころの診断は すべて患者の 自己申告をもとに診断される。患者さん本人から聞き出せなかったら、診断が出来ない。 そして うつ病は、患者さんの自己申告と 客観的事実とが もっともかけ離れている病態なのかもしれない。

幻覚や妄想をきたすなんてことはほとんどない。しかし「気分が滅入る」「「落ち込む」「やる気が出ない」「ご飯が美味しくない」「ぐっすりねむれない」なんていう症状は、誰にでも起きる。それこそ 風邪とおなじくらいの頻度で 起きる。 あまりにもしばしば起きる症状だから かえって判別がむつかしいのかもしれない。

いずれにしろ、熟練した専門家でも うつ病を見逃すことがある。うつ病の診断はカンタンです、などと考える精神科医がいたとしたら、それは 丁寧な診察を心がけていない いい加減な医師だと思う。

その証拠に、精神科にかかっていなかったから 自殺に至ってしまった うつ病の方の数と、精神科にかかっていたけど 自殺に至った患者さんの数は、どちらが多いと決して言えない。

わたしも毎日、うつ病の診断と治療に細心の注意を払い、石橋をたたくように診療している。診断や治療を間違うと、死に直結してしまうので、神経を尖らせている。

これほどむつかしい「うつ病」の診断ではあるが、コツを学べば、素人でもある程度診断がつく。

というより、自分のこころの状態を見る、という習慣を普段からつけておくことが大切だ。

「わたしは大丈夫」という人が多い。だけど 強いだけの人はいない。弱いだけの人もいない。

というより、強いだけの人はもろいはず。しなやかな刃がねのように、強かったり、弱みを見せたり、ダウンして へこたれたり、がんばってみたけど出来なくてあきらめたり。いろんな自分をもっていて、自覚して。。。という人のほうが、強いだけの人より はるかに強い。

だれもが、そこのところをわかっていない。うつ病になんかなりたくない。ならない、と誰も思う。

でも一度くらい うつ病になった人のほうが 強いのだ。自分の限界を知っているから。引き返す勇気を持てるから。

というわけで、うつ病について もうちょっと ふみこんで書いてみたい。

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こころの専門家はいらない。

精神病院と呼ばれるところや、精神科クリニックで長く働いてきました。

そして最近、はじめて総合病院という場所で診療にあたる経験を積んでいます。

精神科クリニックを開業したときにも、ごく普通の主婦の方や会社員の方が診察に見えました。ごく普通の方たちではあっても、一応はご自分で精神が病んでいると考えたあげく、精神科クリニックの門をたたいた方たちです。ですから 話が早い。つまり どこが悪いかの話にすぐ移ることができます。それでも 当時(平成3年)、そういう軽い人を診療するということはかなり革新的な医療行為でした。

ところが今は、まさか自分の心に問題があるとは思わず、体の病気だと思って内科などに来た人たちが、精神科を紹介されてきます。

そういう人たちは、重いうつ病の方も混じってはいますが、たいていは 軽くて、誰でもが足をとられても不思議はないような、ちょっとした精神的異常状態です。

そんな方たちには、どんな診療行為をしたらいいか。それが今 わたしの課題です。

わたしがずっと心がけていることは、「専門家にまかせなさい。薬をのみなさい」というような態度ではなく、病気の状態がどこから生まれたか 自分で考えるように しむけていくこと。

自分の病気の状態を自分で認識するようになったら、では つぎに どんな生活をこころがけたり、どんな考え方でやっていったらいいか 自分で考えていけるようにすること。

一日50人診ています、70人診ています、と 数を自慢する医師にはできないこと。

わたしは 本当に贅沢なくらい 少ない患者数しか診ていないので、せめてわたしにしか出来ないことを根気よくしていきたい。

そのために、それを書くために このブログを始めたのですが、なかなか 文章にするってむつかしいですね。

「わたしにまかせなさい」というようなこころの専門家でなく、自分の精神衛生を自分で考えることのできる人を ひとりでも増やしたい。

こころの問題はみな、自分の生き方の問題でもあるから 人まかせにしないで 自分で考えていけるはず。

統合失調症のような重い病気でも、その気になれば出来ます。

これからは認知症も増えるでしょうが、その気になれば 自分でケアできます。

毎日の診療行為では、そんなお手伝いができる人になれるよう心がけています。

でも、わたしの診療を受けない人にも、そんなことを伝えていきたい。

 生涯の間に、精神的疾患にかかる率は 4人にひとりと言われています。ということは、家族が4人いたら誰かひとりが なんらかの形で精神科の世話になります。親兄弟、自分たち夫婦、子供、孫をふくめたら、だいたいひとりかふたりは一時的にしろ、精神的な問題を抱えます。そんな時代です。

わたしのブログは、そんな医師を目ざす私の レッスンの場。ここを訪れてくださる方は、そういうわたしの意図を汲んでいただけるとうれしいです。

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蕗のとう

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 さすがに住まいのあたりも暖かくなって、

蕗のとうが、食用を通りこして

鑑賞用くらいに咲きだしてきました。

黄緑、大好きな色です。

地味すぎず、派手すぎず、顔がとても優しくうつるので

黄緑の洋服を見けけるとつい買ってしまい、何枚か持っています。

それらの洋服もこれから活躍するでしょう。

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こぶし

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家の近くで 二本の こぶしの樹が 人目をひいて真っ盛りです。

一本の樹に ピンクと白の花が咲いていました。

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かたくり

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所用で出かけた先の林の中で。

枯葉をふんで歩いていたら。

かわいいかたくりの花を見つけました。

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孤独死

友人がちょっと重い病気にかかりました。

遠くに住んでいる息子さんが心配して、一緒に住もうと言ってくれるそうです。

家族思いで 家族のために生きてきたような彼女ですから、当然同居を選ぶと思っていました。

けれど、彼女の口からは意外な答えがかえってきました。

自分は孤独死を選ぶって言うんです、同居しないって。

先日95歳で亡くなった彼女のお母さんは、ずっと彼女と同居していました。

お母さんの最期は、彼女と隣あわせで寝ている最中に自然死のように亡くなったんです。

なんてしわあせなこと・みんなが そう感じていた矢先だったから 彼女の選択は意外です。

でも彼女はお母さんの一生を見ていて、そう 決断したんだそうです。

経験しない者にはわからないことが、いっぱいあるんですね。

彼女は哲学者なので、死についての考え方が わたしとは違うんです。

医師は 生かすことが仕事ですから、いかに死ぬかなんて 考えません。

でも ぜんぜん立場の違う人から「自分は 孤独死を選ぶわ」って 言われたとき。

そりゃあ、彼女だって どうせ孤独死になんかならないわ、って言うのは カンタン。

でも、そういう考え方があるのだと思い、気概があるのだと思うだけで 心が広がる気がする。

         ☆     ☆     ☆

先日、新聞にこんな話が載っていました。

ある有名だったアナウンサーが 90才近くで タバコによる火事で自宅で焼死された事件。

彼は離婚して 妻と2人の娘とは とうの昔に別居。

アナウンサーをやめてからも ずっと東京でひとり暮らしだったそうです。

娘さんとは行き来がなく、亡くなったあと、娘さんは 父親の孤独な最期を思い、胸を痛めたとか。

ところがどっこい。

その彼には、最期まで 趣味の付き合いで仲間がいて、とても親しまれ尊敬されていて、ということを

亡くなったあと、知ることになったそうです。

世間から見たら孤独でさびしい晩年。

でも彼の心は最期まで 自立心にあふれ 輝いていたことを知った娘さんの話でした。

ひとり暮らしというと「さびしいでしょう」「かわいそう」と思うのが 人の常。

あさはかな私たちのこころは「家族の近くで」また「子供たちと一緒に」暮らすことを

しあわせと考える風潮があるけれど、そんなのは 風潮に過ぎない。

まさか子供たちの手前「わたしはさびしかった」なんて口が裂けても言いたくない、

思いたくないってのが、親心ってものでしょう。

「ありがとう」って死んでいくのが穏便でかわいい年よりって決められているから。

だけど、 しあわせは人が決めるモンじゃない。

「孤独だったけど、しあわせだったわ」と思える人生も なかなかのものじゃないかとわたしは思う。

 年とったら子供の近くに行かないとマズイかなあと思っていたわたしだったけど、

彼女と話しているうちに、なんだか気分がすっきりしてきた。

人に気を使い、こころがどこかナイーブで優しい面があるわたしは(自分で言うのだから

間違っているかもしれないが)

人に気を使わなくてもいい気ままな暮らしのほうが合っていると思う。

いずれは地域のお世話になり、孤独死する生き方を目ざすことにしよう。

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ココロとカラダの処方箋~~散歩

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わたしは、からだを動かすことが大きらい。

良く言えば書斎派、悪くいえば 怠け者です。

最近、「頭と心と体」をバランスよく使わないと、人間はだめになるという持論を展開しているので

自分でもやむなく、散歩を始めることにしました。

20分から始め、30分、40分とのばしていますが、今日は 野菜直売所まで

登り道を50分も歩きました。坂道って きついですね。

人っ子ひとり出会わない林の道。

帰りに、あと一歩で家、というところで バテテしまいました。

知り合いが車で通りかかり、かろうじて救助されました。

         ☆     ☆    ☆

心が弱っているときやうつ病の治療に一番効くのが、散歩です。

体とこころに同時に効くので、お勧めです。安あがりだし。

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残り物に福あり? の 医者暮らし

長い間、女性としては珍しく、常勤医として働いてきた。

女性医師の場合、出産や育児があるので、たいていはどこかで休んだり、パート医になることが多い。

しかし私の場合、常勤とは言っても夕方には帰るし、当直も最低限しかしてこなかった。

夜の仕事は、男性医師が全部やってくださった。だから常勤といってもカッコつきの「常勤」である。

いくら能力があっても、夜や休日にアテにならない医師は、半人前。そんな世界だ。

医師の世界では、そんな半人前の医師だったから、能力があっても管理職にはなれない。

別に名誉がほしいわけではないが、管理職になれないということは、組織の中にあって、自分の意見は通らないということ。

いつも誰かに従っていなければいけないということ。

だから、いつも誰かに従い、波風は立てず、ただただ真面目に診療するだけだった。

そのおかげで、自分で納得のいく、丁寧な診療をできる医師にはなれた。

 大きな組織にいた40歳半ばのとき、思うようにならない組織を離れたいと思って開業した。

男性でさえ、精神科で開業しない時代だったので 華々しい転身だった。

しかしここでも男性医師は、奥さんの内助の功あっての開業。

男性は家事がないぶん、どの世界でも 奥さんとふたりで一人前のような気がする。

内助の功がないまま、何から何までひとりでやるのは 大変なことだった。

経営は順調で診療そのものも充実していたが、結婚したのをキッカケに 勤務医に戻った。

され、勤務医になったのはよいが、夜や休日は活動したくない、あいかわらずの「半人前医師」なので

いつも 管理者の言うことには ぜったい従わないといけない。

そういうことには慣れているものの、ちいさな私立病院ともなれば 我慢することのほうが多くなる。

 このたび 4回目の転身をはかり、大きな総合病院2つをかけ持ちのパート医となった。

本来なら 大きな総合病院は 妻子を養っている中堅の医師で うまっているはずだ。

ところが 最近は 誰もが精神科クリニックを開業する時代になったので 逆に総合病院に空席がある。

 まさに 残り物に福 なのだ。 ああ 良かった!

しかし、パートなので立場がなく、仕事も決まってなくて泣けるときもある。

かけ出しならいざ知らず、キャリアや能力があっても立場がないってそりゃあ ギャップが大変よ。

でも 今 考えている。

これからは一匹狼で行こう。 自由で わたしらしい。

「クリニック」という砦がなくても。病院の常勤医として守られている、ということがなくても。

一生、こんなに真剣に丁寧に仕事をしてきたんだもの。

こんなに 自分らしく仕事をしたいと願い、転身に転身を重ねて、自分らしい居場所をさがしてきたんだもの。

一日きざみで 働く場を変えようと、そして 毎日が戦場に赴くみたいその日かぎりであろうと。

その日一日の仕事が 自分で納得のいくものなら、その先には きっと 何かがある。

先日、ある病院の精神科のドクターが うつ病で入院してきた。原因は精神的ストレスと過労だ。

精神科医という仕事は精神的にハードなのだが、わたしは 健康を維持して長く続けたいと思っているので

毎日工夫を重ね、クールに自分を見つめ、自分をコントロールする日が続く。

「これで良し」という日は訪れないかもしれないが、それが「生きている」ということだ。

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