連載コラム(41)病気の陰に隠れないで

 

このコラムは好きなコラムです。

新聞の読者欄にも感想が出ました。

その後、亡くなってしまわれましたが、私も彼女の生き方に

勇気づけられているひとりです。

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歌舞伎役者の市川海⽼蔵さんの妻である⼩林⿇央さんは、病気を隠して闘病⽣活をされていたが、マスコミにスクープされて乳がんを公表。その後、ブログを始めて⾃らの想いを発信していくことを決意された。そのきっかけとなったのは「病気の陰に隠れないで」という主治医の⼀⾔だったそうだ。私もまたその⾔葉に衝撃を受けた⼀⼈である。

先⽇から診ている中年の婦⼈は、⾝体中が痛みだして⾝体科を訪れたが疾患が⾒つからず、精神科を勧められて受診された。そして薬物療法などで痛みは⽣活に⽀障のない程度まで改善していった。しかし間もなく婦⼈は「痛みはなくなったが、⾝体中がだるくて眠い」と訴えるようになった。

私は「痛みがこれほど良くなったのにね。良くなった時、少し家事などやってみた︖」と聞いた。「ええ、恐る恐る。でもまた再発するのじゃないかと怖くて。そしたら案の定、だるくて眠いなと気がついて」と⾔う。「何か新たな病気探しをしてない︖」と聞くと、「そんなことないです、本当にだるくて」と⾔う。「そうね。ここは病院だから、病気の症状を話してくれるのは当然だよね」「はい」「私もあまり家事のことなど聞いてなくて、症状はどうですか、って病気の話ばかりになって。お互いに病院にいるのだから当たり前かもしれない。でも、あれだけ苦しんだ痛みが取れて、すごく喜んでいたあなたは、何か今までやりたくてもできなかったことに⼿をつけた︖ 何か別の症状が出るのじゃないかと戦々恐々としながら新しい病気探しをしているようにも⾒えるよ。今の状態でもできる家事はあるでし

ょう」などと話し合った。

きっと家でも愚痴や⾔い訳が多いのだろう。付き添う夫も私との会話で胸のつかえが取れたような顔をしていた。

ここがポイント!

実は病気の⼈だけではない。みんな隠れるのが上⼿である。私が忙しい仕事を隠れ蓑に⽣きているように、ある⺟親は「まだ⼦どもが⼩さいから」と⼦どもの陰に隠れ、ある妻は「夫がいい顔をしないから」と夫の陰に隠れて⽣きている。「陰に隠れる」とは「その⼈や事柄のせいにして、⾃分本来の⼈⽣を⽣きることから逃げて⼼や⽣活を狭くしている」ということだ。

もし、私に何ひとつ隠れるものがなかったら…と思いをはせてみる。⼀体どんな景⾊を⾒たいと思い、どんな⼈とつながり、何を学びたいと思うだろう。

⼈は必ずいつか死ぬ。

どれだけ頑張ったかより「いかに⾃分の⼈⽣を⽣きたか」にこそ価値があると私は思う。

⾃分は何の陰に隠れて⽣きているのか。隠れるものも、能⼒も失われた時、あなたは誰とどこにいて、どんな景⾊を⾒ていたいだろうか。