診断

12月24日、フィリピンの海上、舟の上で。
ちょっとした物につまづいて、つき指のようになった。
それがいまだに歩けない。
たいした怪我ではないのだが、かすかに圧痛があって、歩くとき力が入らない。

正月明けに整形のドクターに問診してもらった。
「骨折ではなさそう。いずれにしても治療は特別にない。」と言われた。
検査を勧められたが、どうせたいしたことないと思い、やらなかった。

今日また別の整形のドクターに問診を受けた。
歩けない期間が長くて心配になった。
医局でドクターの顔を見たとき、つかまえて聞くのだ。
「レントゲンを撮らないと診断できない」と言われ、すぐ指示を出してくださった。

で、結果はなんともなかった。
時間がたてば痛みはとれると言われた。

    ☆   ☆   ☆
「たいした怪我ではない」とわかってはいたが、内心、力を入れる瞬間に心配が走った。
だからずっと、びっこだった。
レントゲンを撮ってから、多少の痛みでも歩くようにしている。
これでだんだん歩けるようになるだろう。
「たいした怪我ではない」とわかっていても。
診断をつけるかつけないかで、こんなに意識が違ってくる。

これはこころの病気でも同じだ。
というか、こころの病気のほうが「診断」は大事だ。
ところが、診断をいい加減にして、まず「薬」という治療が横行している。

きちんとした診断をする。
見立てに添って、自らが治療を選択する。
そんな精神科医療を目ざしているが、なかなかそんな精神科医はいない。
患者さんもそれを求めない。
すぐ薬にたよる。
わたしがレントゲン検査をしぶった心境と同じなんだろうか。
違うんだろうか。