連載コラム(12)意欲こそ、若々しさのもうひとつのポイント

若々しい脳とは何かのキーワードは「⼼のしなやかさ」であると前回書きました。今回は、もう⼀つのキーワードである「意欲」について書いてみたいと思います。

「やる気のなさ」は認知症の始まりの指標として、「もの忘れ」の症状と同じくらい重要です。

ここで脳の仕組みについて簡単に触れたいと思います。

脳は3頭⽴ての⾺⾞に例えると分かりやすいです。

1頭⽬は感性や感覚をつかさどる右脳。

2頭⽬は運動をつかさどる脳。

3頭⽬は論理的な思考をつかさどる左脳。

3頭の⾺が⼒を合わせて私たちの⼼や体を⽀えてくれています。

ここで強調したいのは、⾺以外にも⽋かせないものがあるということです。それは⾺を操る御者の存在です。

⾺がいくら達者でも、御者がさぼっていたら、これ幸いとばかりに⾺も怠けてしまうという具合です。

「意欲ややる気」に関係する場所は主に前頭葉です。御者の働きが悪くなると、今までできたことが何かとおっくうになります。おっくうになってやらなくなるから、ますます脳の機能も衰えるという悪循環です。

以前、1⼈暮らしを⻑く続けた88歳の⼥性が肺炎で⼊院してきたことがあります。気丈夫な⽅で、⼊院するまでは料理や家事をこなし、1⼈暮らしをしていました。ところが、⼊院して脳の検査をしたところ、脳の萎縮は重度だったのです。これだけ脳が退化していても、料理や家事ができることに本当に驚いたものです。

彼⼥には家族や親類が近くにいませんでした。彼⼥を⽀えていたものは「誰も助けてくれる⼈がいない。最期まで⾃分でやっていくしかない」という覚悟と意欲であったろうと想像できます。そして、⼊院して頑張る必要がなくなってからの衰えは、残念ながらあっという間でした。あれだけの家事をこなしていた婦人がたったの一週間で、自分がどこにいるかもわからなくなったのです。

器質的な脳の異常が⼤きくても、⼈⽣にやる気や⽬的があると、⼤きく萎縮した脳がこんなにも働くのだという事実は時に奇跡的でさえあります。少ない脳細胞でも助け合って必死で機能すれば、⼤きな⼒が出るのですね。

⼈⽣に何か⾜りないものがある、というのは必要なことです。また同情すべき状況にある、というのも悪いことばかりではありません。その中に、⼈の⼼を震い⽴たせる何かがあるような気がします。

今嘆いている苦労や重責こそ、若さの秘訣だと考えを変えてみる視点もあるのではないでしょうか。

恵まれて幸せなのは結構なこと。しかし、お⾦があって家族がいて、何もかもやってもらって、⾃分の役割やすべきことまでなくなってしまうと、脳はあっという間に退化します。

どうやら幸せボケは新婚さんだけの専売特許ではないようです。