蕗のとう

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 さすがに住まいのあたりも暖かくなって、

蕗のとうが、食用を通りこして

鑑賞用くらいに咲きだしてきました。

黄緑、大好きな色です。

地味すぎず、派手すぎず、顔がとても優しくうつるので

黄緑の洋服を見けけるとつい買ってしまい、何枚か持っています。

それらの洋服もこれから活躍するでしょう。

わたし流しあわせの見つけ方

こぶし

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家の近くで 二本の こぶしの樹が 人目をひいて真っ盛りです。

一本の樹に ピンクと白の花が咲いていました。

わたし流しあわせの見つけ方

かたくり

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所用で出かけた先の林の中で。

枯葉をふんで歩いていたら。

かわいいかたくりの花を見つけました。

わたし流しあわせの見つけ方

孤独死

友人がちょっと重い病気にかかりました。

遠くに住んでいる息子さんが心配して、一緒に住もうと言ってくれるそうです。

家族思いで 家族のために生きてきたような彼女ですから、当然同居を選ぶと思っていました。

けれど、彼女の口からは意外な答えがかえってきました。

自分は孤独死を選ぶって言うんです、同居しないって。

先日95歳で亡くなった彼女のお母さんは、ずっと彼女と同居していました。

お母さんの最期は、彼女と隣あわせで寝ている最中に自然死のように亡くなったんです。

なんてしわあせなこと・みんなが そう感じていた矢先だったから 彼女の選択は意外です。

でも彼女はお母さんの一生を見ていて、そう 決断したんだそうです。

経験しない者にはわからないことが、いっぱいあるんですね。

彼女は哲学者なので、死についての考え方が わたしとは違うんです。

医師は 生かすことが仕事ですから、いかに死ぬかなんて 考えません。

でも ぜんぜん立場の違う人から「自分は 孤独死を選ぶわ」って 言われたとき。

そりゃあ、彼女だって どうせ孤独死になんかならないわ、って言うのは カンタン。

でも、そういう考え方があるのだと思い、気概があるのだと思うだけで 心が広がる気がする。

         ☆     ☆     ☆

先日、新聞にこんな話が載っていました。

ある有名だったアナウンサーが 90才近くで タバコによる火事で自宅で焼死された事件。

彼は離婚して 妻と2人の娘とは とうの昔に別居。

アナウンサーをやめてからも ずっと東京でひとり暮らしだったそうです。

娘さんとは行き来がなく、亡くなったあと、娘さんは 父親の孤独な最期を思い、胸を痛めたとか。

ところがどっこい。

その彼には、最期まで 趣味の付き合いで仲間がいて、とても親しまれ尊敬されていて、ということを

亡くなったあと、知ることになったそうです。

世間から見たら孤独でさびしい晩年。

でも彼の心は最期まで 自立心にあふれ 輝いていたことを知った娘さんの話でした。

ひとり暮らしというと「さびしいでしょう」「かわいそう」と思うのが 人の常。

あさはかな私たちのこころは「家族の近くで」また「子供たちと一緒に」暮らすことを

しあわせと考える風潮があるけれど、そんなのは 風潮に過ぎない。

まさか子供たちの手前「わたしはさびしかった」なんて口が裂けても言いたくない、

思いたくないってのが、親心ってものでしょう。

「ありがとう」って死んでいくのが穏便でかわいい年よりって決められているから。

だけど、 しあわせは人が決めるモンじゃない。

「孤独だったけど、しあわせだったわ」と思える人生も なかなかのものじゃないかとわたしは思う。

 年とったら子供の近くに行かないとマズイかなあと思っていたわたしだったけど、

彼女と話しているうちに、なんだか気分がすっきりしてきた。

人に気を使い、こころがどこかナイーブで優しい面があるわたしは(自分で言うのだから

間違っているかもしれないが)

人に気を使わなくてもいい気ままな暮らしのほうが合っていると思う。

いずれは地域のお世話になり、孤独死する生き方を目ざすことにしよう。

わたし流しあわせの見つけ方

ココロとカラダの処方箋~~散歩

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わたしは、からだを動かすことが大きらい。

良く言えば書斎派、悪くいえば 怠け者です。

最近、「頭と心と体」をバランスよく使わないと、人間はだめになるという持論を展開しているので

自分でもやむなく、散歩を始めることにしました。

20分から始め、30分、40分とのばしていますが、今日は 野菜直売所まで

登り道を50分も歩きました。坂道って きついですね。

人っ子ひとり出会わない林の道。

帰りに、あと一歩で家、というところで バテテしまいました。

知り合いが車で通りかかり、かろうじて救助されました。

         ☆     ☆    ☆

心が弱っているときやうつ病の治療に一番効くのが、散歩です。

体とこころに同時に効くので、お勧めです。安あがりだし。

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残り物に福あり? の 医者暮らし

長い間、女性としては珍しく、常勤医として働いてきた。

女性医師の場合、出産や育児があるので、たいていはどこかで休んだり、パート医になることが多い。

しかし私の場合、常勤とは言っても夕方には帰るし、当直も最低限しかしてこなかった。

夜の仕事は、男性医師が全部やってくださった。だから常勤といってもカッコつきの「常勤」である。

いくら能力があっても、夜や休日にアテにならない医師は、半人前。そんな世界だ。

医師の世界では、そんな半人前の医師だったから、能力があっても管理職にはなれない。

別に名誉がほしいわけではないが、管理職になれないということは、組織の中にあって、自分の意見は通らないということ。

いつも誰かに従っていなければいけないということ。

だから、いつも誰かに従い、波風は立てず、ただただ真面目に診療するだけだった。

そのおかげで、自分で納得のいく、丁寧な診療をできる医師にはなれた。

 大きな組織にいた40歳半ばのとき、思うようにならない組織を離れたいと思って開業した。

男性でさえ、精神科で開業しない時代だったので 華々しい転身だった。

しかしここでも男性医師は、奥さんの内助の功あっての開業。

男性は家事がないぶん、どの世界でも 奥さんとふたりで一人前のような気がする。

内助の功がないまま、何から何までひとりでやるのは 大変なことだった。

経営は順調で診療そのものも充実していたが、結婚したのをキッカケに 勤務医に戻った。

され、勤務医になったのはよいが、夜や休日は活動したくない、あいかわらずの「半人前医師」なので

いつも 管理者の言うことには ぜったい従わないといけない。

そういうことには慣れているものの、ちいさな私立病院ともなれば 我慢することのほうが多くなる。

 このたび 4回目の転身をはかり、大きな総合病院2つをかけ持ちのパート医となった。

本来なら 大きな総合病院は 妻子を養っている中堅の医師で うまっているはずだ。

ところが 最近は 誰もが精神科クリニックを開業する時代になったので 逆に総合病院に空席がある。

 まさに 残り物に福 なのだ。 ああ 良かった!

しかし、パートなので立場がなく、仕事も決まってなくて泣けるときもある。

かけ出しならいざ知らず、キャリアや能力があっても立場がないってそりゃあ ギャップが大変よ。

でも 今 考えている。

これからは一匹狼で行こう。 自由で わたしらしい。

「クリニック」という砦がなくても。病院の常勤医として守られている、ということがなくても。

一生、こんなに真剣に丁寧に仕事をしてきたんだもの。

こんなに 自分らしく仕事をしたいと願い、転身に転身を重ねて、自分らしい居場所をさがしてきたんだもの。

一日きざみで 働く場を変えようと、そして 毎日が戦場に赴くみたいその日かぎりであろうと。

その日一日の仕事が 自分で納得のいくものなら、その先には きっと 何かがある。

先日、ある病院の精神科のドクターが うつ病で入院してきた。原因は精神的ストレスと過労だ。

精神科医という仕事は精神的にハードなのだが、わたしは 健康を維持して長く続けたいと思っているので

毎日工夫を重ね、クールに自分を見つめ、自分をコントロールする日が続く。

「これで良し」という日は訪れないかもしれないが、それが「生きている」ということだ。

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きんぴらゴボウ~~コロンブスの卵

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これも20年くらい前話である。

そのころつきあっていた男性は、ひとり暮らしだったが料理が上手だった。

あるとき、手料理をご馳走してあげるというので喜んで出かけた。

わたしも何か一品をと思い、おふくろの味、きんぴらごぼうを丁寧に

作って持参した。

さて、その日は、蟹すきだった。わたしも早速 手製のきんぴらを出そうとしたが・・・・・・・・

そこには すでに きんぴらごぼう が テーブルに出ていた。

それは 見事なできばえで 糸のように細く切られたごぼうと人参。

それにくらべて、わたしのときたら・・・・・・精一杯細く切ったつもりが・・・・

なんとなく太くて 田舎くさいではないか。

 彼氏のお母さんは大阪にお住まいで料理がとっても上手。

大阪から送ってくれたのだとの話だった。

自分のきんぴらを 出さなかったことは言うまでもない・・・・・・・

それ以来、すっかり きんぴらは苦手になってしまった。

本を見ながら丁寧に作れば 美味しくはなるけど 面倒になってしまった。

ところが、最近知りあった友人が 「きんぴらのごぼうは皮をむかなくても

いいのよ。水にさらさなくてもいいの。丸たんぼうのように ザックザックと

切ればいいの。そのほうが美味しいのよ」という。

彼女はペンションのオーナーで お料理上手。彼女が言うのだからと思って作ってみたら。

なんと 正解! ごぼうも人参も甘みが出て美味しいこと。

なあんだぁ。発想の転換だ。

本当にらくらく。あっという間に作れて美味しい。

 料理って やっぱり頭がやわらかい人の専売特許だと思ったことだった。

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桜の想い出

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25才の春、夫の転勤で弘前に住むことになった。

そのとき見た弘前城の桜は、当時この世のものとは思えないくらい

すばらしく、日本一だと思った。

その頃は 桜見物などという風習は なかったように思う。わたしは子供をおぶって見にいったけど、人影なんて まばらだった。

すばらしい桜を 子供と ふたりじめして感動した日が懐かしい。

今、新聞などには弘前城の桜は すばらしさでは日本で3番目か4番目と言われている。

 でも多分、青森って 人口がすごく少なくまた不便なので。

東京や大阪みたい人が多くないし、わざわざ弘前まで出かけられることがないから その素晴らしさがあまり知られていないと思う。

弘前。もう一度行ってみたいが あまりにも遠くて 行く機会がない。

今日、仕事帰りに 日本で5本の指に入るという高遠城址の桜を

見に行った。

信州の遅い春は これからだ。

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憧れの・・・・・・・

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今日は休日でした。 
平日に家にいるというのは、最高の贅沢です。憧れの・・・・・
たまだから こんなにうれしいのかもしれませんが。

早速散歩をしました。

近所の公園に 水芭蕉が咲いていました。

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ライフワークバランス

住まいのあたりは高原なので春が遅い。
今日は雪が降った、ちょっと愕然とした。
桜なんてまだまだ見ようも出来ない。

 3月まで、何十年とフル回転で働いていたが、思いきって4月から休みを多くした。
まだまだ常勤で働ける年齢なのだけど、思いきって少なくしようと決めたのだ。

 ところが、長年常勤で働いてきた身には、パートというのが、いかにも肩身が狭い。
机さえない。名前も知られないし、責任を持たせてもらえない。

病気というのは、曜日や時間を選ばない。
だから常勤ということは、「夜も日曜日も責任を持つ」ということだ。

ところが「夜も日曜日も責任を持つ」ということは並大抵のことではない。
わたしにとっては、今までも一番苦手なこと。

だからできたら「日曜日も夜も責任を持たなければいけない」常勤医の 助っ人でいい。
それくらいが気持ちが楽。

そう決めてパート医を選んだのだけど、まだ時々、欲や迷いが出る。

欲が出るのは、精神科医というのがどこでもひっぱりだこだからだと思う。
「来てほしい」「もっと働いてほしい」と言われたら悪い気がしない。

 でも、本当にいい仕事をしたいと思ったら、時間的には ちょっともの足りない、って
いうくらいが、ちょうどいいと思う。

だって、医療器械なんだもの。
精度を保とうと思ったら、これ以上仕事を増やしたらだめ。
そう言いきかせているわたし。

友人たちは「もっと遊ばなくってはだめ。働き過ぎよ」って言うんだけど、

働くことが辛いことで 仕事をやめたら 楽しいことばかり待っているわけではないと思う。

やっぱり 仕事と生活のバランスが大事。ライフワークバランスの良いことが 一番だと思う。

                           ☆      ☆      ☆

ところが、がむしゃらに働いていたときには、何かを埋めるように、ホームページを整備したり
ブログにもがむしゃらに何か書きたかった。

なのに、仕事に余裕が出たら、あまり書きたくない。
なんか憑き物が落ちたような気持ち。
ブログを再開したばかりなのに スミマセン。

今日は久しぶりで ピアノを弾いた。楽しかった。

仕事と 私生活の間で 揺れ動くわたし。

でも、いかにも わたしらしくて いいではないか、と思うことにしよう。

わたし流しあわせの見つけ方