月曜病

長年、月曜病に悩まされてきた。

日曜日の午後あたりからゆううつになり、月曜日は完璧にゆううつ。

火曜日から調子が出て水曜日は元気だけど、疲れてもくる。

その繰り返しだった。

ところが最近、長年の月曜病が治癒してきた。

不思議~

ひとつには週末の過ごし方の質が上がったこと。

どこにも出かけず、本当にゆったりと過ごすようになった。

もうひとつは、好きな職場になったからかもしれない。

しかし 物事はうまい話ばかりではない。

日替わりで大きな病院に行くので、日曜日の午後あたりから不安感に襲われる。

どの職場もすごく大変な職場なので「やれるかしら?」という不安だ。

うつ病の方の自殺企図が一番こわい。

精一杯やったつもりでも、予想の出来ないことがこわい。

突然、心臓が止まるかと思うくらい心配させられてしまう。

でも仕方がない、受けて立たなければ。そんな仕事なのだから。

ジュージツとジューアツのはざまで

医療職は直接 人の役に立つ仕事なので 充実感を感じられる仕事だ。

私の職業も、充実感ナンバー ワン の仕事のひとつではないだろうか。

しかし、精神科で扱わなければいけない患者さんの範囲は増える一方で、

精神医学の範囲を越える人格障害や教育の分野でもある 発達障害の方、

統合失調症の方でさえ、昔のような タイプは少なく、対応がむつかしくなっている。

事件をおこす人たちが精神科領域の病気の人とはかぎらないが、複雑な事件が

多い昨今の社会状況を見れば、人間のこころを扱う精神科の仕事がどんなにか

複雑でむつかしくなってきているかは 想像がつくだろう。

先日、攻撃性とハイテンションをあわせもった 人格障害の方がわたしの外来にみえた。

その対応に ものすごいエネルギーをとられてしまい、わたしはその日はもちろん

翌日に影響するくらいダウンしてしまった。

わたしの仕事は 第一線で戦う兵士のような仕事なので、どんなに大変でも ひとりひとりを

診察し続けるしかない。ものすごい体力仕事だ。

だけど、能力があればあるほど 大変な患者さんをたくさん受け持つことになり、

そしてその診察で多大な精神的エネルギーを吸いとられる今の仕事を 今後も

やり続ける自信がないと感じることがしばしばある。

やりがいや充実感と 重圧感は 神一重。

多くの精神科医が そのはざまで苦しんでいることは 誰も知らないに違いない。

「早期に精神科に」という。「自殺を防ぐために精神科に」という。

しかしふだんの診療で バテバテの精神科医にそれら全部が対応できるわけがない。

そこのところが 知られていない。

精神科にいく前に、自分でしなければいけないことがある。

精神科に行く前に、医療や保健や教育や子育てに関わっている人がまずしなければいけないこともある。

それをしないで「精神科に行ってみれば」と勧めるのは 精神科医を疲弊させ、追いつめることになりかねない。

これだけ強靭なはずのわたしでさえ、やめたくないけど やめるしかないか と思うこともあるのだから。

もっとも、そのことを相談した友人は

「テキトーにやれることも能力のうちよ」と言い、わたしも それもそうかなあ と思い始めているのだが。

その人の能力

大きな病院で、医師になって1~4年の研修医に精神医療を教えている。

どの研修医も生き生きしている。

今日もわたしの診察についた後、廊下でであったら、ちかづいてきて

先生の診察、すごいですね。共感ばかりかと思っていたら けっこうズバズバ言うし、それに対して

患者さんも反応するし、すごいって思いました。先生の背中から後光がさしてるって思いました。

なんて言う。後光 にはマイってしまって 早々にその場を退散した。

どの研修医も 初めてのわたしの診察を見たあと、それなりに感動するらしく 表現豊かに感想を話す。

 ところが ずっと私の診察についている 50歳台のナースに 診察の感想を聞いてみたところ

「う~ン」なんて言っている。

なんのことはない。

わたしの診察がすばらしいのではなく、それを見て感動する心を持っている人たちに感じる能力があるのだ。

だから わたしは 「あなたは優しいね」と言ってくれる人には

「あなたが優しいから わたしの優しい部分が見えるのよ」という。

「素敵ね」といってくれる人には「あなたが素敵だから 私のそういう部分が見えるのよ」と話す。

ところで 私のことを「すごい人だね」と言ってくれる友人は誰もいない。

それもそのはず。 すごい人でなかったら わたしのすごさは見えないわけだ。

だから すごい!と言ってもらおうと思ったら すごい人をさがすしかない。

マ、 しょせんは似たもの同士でしか 友人や夫婦や恋人にはなれないのだから、

「すごい」とまでは言われなくても、相手の美点をほめ 自分の美点も見つけてくれる関係を

自分のまわりにたくさん築いていく者勝ちというわけか。

雨の音

街で何十年もアパートやマンションで暮らしていたときには、雨の音は気にならなかった。

田舎の一軒家に移った8年前。

屋根に落ちる雨の音って、なんてわびしいのだと感じ、雨の日はいつもうっとうしい気分になるのだった。

夫にもよく当たっていた。「街の雨はどこか華やぐのに、田舎の雨はうっとうしい!」とかなんとか。

ところが今日、休日だったので一日ゆっくりしようと思い、昼間ベッドに横たわったいると、雨の音がはげしい。

屋根や木々の葉に落ちる雨の音を聞いていたら、あまりに心地良くて、まるで お母さんのおなかにいるみたいに

落ち着いた。

何年ぶりだろう、こんなに雨の音が心地良いなんて!

ちょっぴり風邪気味だったこの数日。

きっと、からだと心が「ゆっくり休めよ」とささやいていたからだろう。

患者さんがよく「天気の良い日は気分が良いが、雨の日は気分がすぐれません」という。

わたしは「それは健康な証拠。うつのときは、雨の日のほうが落ち着くのよ」と話す。

これは、わたしの持論だ。

今日は、わたしの持論もあながち間違っていないな、と感じた。

一日パジャマを着たまま、何ひとつしない、ぐうたらな一日だったけど、うれしい一日だった。

明日はまた仕事だ。がんばれるだろう。

こころの専門家はいらない。

精神病院と呼ばれるところや、精神科クリニックで長く働いてきました。

そして最近、はじめて総合病院という場所で診療にあたる経験を積んでいます。

精神科クリニックを開業したときにも、ごく普通の主婦の方や会社員の方が診察に見えました。ごく普通の方たちではあっても、一応はご自分で精神が病んでいると考えたあげく、精神科クリニックの門をたたいた方たちです。ですから 話が早い。つまり どこが悪いかの話にすぐ移ることができます。それでも 当時(平成3年)、そういう軽い人を診療するということはかなり革新的な医療行為でした。

ところが今は、まさか自分の心に問題があるとは思わず、体の病気だと思って内科などに来た人たちが、精神科を紹介されてきます。

そういう人たちは、重いうつ病の方も混じってはいますが、たいていは 軽くて、誰でもが足をとられても不思議はないような、ちょっとした精神的異常状態です。

そんな方たちには、どんな診療行為をしたらいいか。それが今 わたしの課題です。

わたしがずっと心がけていることは、「専門家にまかせなさい。薬をのみなさい」というような態度ではなく、病気の状態がどこから生まれたか 自分で考えるように しむけていくこと。

自分の病気の状態を自分で認識するようになったら、では つぎに どんな生活をこころがけたり、どんな考え方でやっていったらいいか 自分で考えていけるようにすること。

一日50人診ています、70人診ています、と 数を自慢する医師にはできないこと。

わたしは 本当に贅沢なくらい 少ない患者数しか診ていないので、せめてわたしにしか出来ないことを根気よくしていきたい。

そのために、それを書くために このブログを始めたのですが、なかなか 文章にするってむつかしいですね。

「わたしにまかせなさい」というようなこころの専門家でなく、自分の精神衛生を自分で考えることのできる人を ひとりでも増やしたい。

こころの問題はみな、自分の生き方の問題でもあるから 人まかせにしないで 自分で考えていけるはず。

統合失調症のような重い病気でも、その気になれば出来ます。

これからは認知症も増えるでしょうが、その気になれば 自分でケアできます。

毎日の診療行為では、そんなお手伝いができる人になれるよう心がけています。

でも、わたしの診療を受けない人にも、そんなことを伝えていきたい。

 生涯の間に、精神的疾患にかかる率は 4人にひとりと言われています。ということは、家族が4人いたら誰かひとりが なんらかの形で精神科の世話になります。親兄弟、自分たち夫婦、子供、孫をふくめたら、だいたいひとりかふたりは一時的にしろ、精神的な問題を抱えます。そんな時代です。

わたしのブログは、そんな医師を目ざす私の レッスンの場。ここを訪れてくださる方は、そういうわたしの意図を汲んでいただけるとうれしいです。

孤独死

友人がちょっと重い病気にかかりました。

遠くに住んでいる息子さんが心配して、一緒に住もうと言ってくれるそうです。

家族思いで 家族のために生きてきたような彼女ですから、当然同居を選ぶと思っていました。

けれど、彼女の口からは意外な答えがかえってきました。

自分は孤独死を選ぶって言うんです、同居しないって。

先日95歳で亡くなった彼女のお母さんは、ずっと彼女と同居していました。

お母さんの最期は、彼女と隣あわせで寝ている最中に自然死のように亡くなったんです。

なんてしわあせなこと・みんなが そう感じていた矢先だったから 彼女の選択は意外です。

でも彼女はお母さんの一生を見ていて、そう 決断したんだそうです。

経験しない者にはわからないことが、いっぱいあるんですね。

彼女は哲学者なので、死についての考え方が わたしとは違うんです。

医師は 生かすことが仕事ですから、いかに死ぬかなんて 考えません。

でも ぜんぜん立場の違う人から「自分は 孤独死を選ぶわ」って 言われたとき。

そりゃあ、彼女だって どうせ孤独死になんかならないわ、って言うのは カンタン。

でも、そういう考え方があるのだと思い、気概があるのだと思うだけで 心が広がる気がする。

         ☆     ☆     ☆

先日、新聞にこんな話が載っていました。

ある有名だったアナウンサーが 90才近くで タバコによる火事で自宅で焼死された事件。

彼は離婚して 妻と2人の娘とは とうの昔に別居。

アナウンサーをやめてからも ずっと東京でひとり暮らしだったそうです。

娘さんとは行き来がなく、亡くなったあと、娘さんは 父親の孤独な最期を思い、胸を痛めたとか。

ところがどっこい。

その彼には、最期まで 趣味の付き合いで仲間がいて、とても親しまれ尊敬されていて、ということを

亡くなったあと、知ることになったそうです。

世間から見たら孤独でさびしい晩年。

でも彼の心は最期まで 自立心にあふれ 輝いていたことを知った娘さんの話でした。

ひとり暮らしというと「さびしいでしょう」「かわいそう」と思うのが 人の常。

あさはかな私たちのこころは「家族の近くで」また「子供たちと一緒に」暮らすことを

しあわせと考える風潮があるけれど、そんなのは 風潮に過ぎない。

まさか子供たちの手前「わたしはさびしかった」なんて口が裂けても言いたくない、

思いたくないってのが、親心ってものでしょう。

「ありがとう」って死んでいくのが穏便でかわいい年よりって決められているから。

だけど、 しあわせは人が決めるモンじゃない。

「孤独だったけど、しあわせだったわ」と思える人生も なかなかのものじゃないかとわたしは思う。

 年とったら子供の近くに行かないとマズイかなあと思っていたわたしだったけど、

彼女と話しているうちに、なんだか気分がすっきりしてきた。

人に気を使い、こころがどこかナイーブで優しい面があるわたしは(自分で言うのだから

間違っているかもしれないが)

人に気を使わなくてもいい気ままな暮らしのほうが合っていると思う。

いずれは地域のお世話になり、孤独死する生き方を目ざすことにしよう。

残り物に福あり? の 医者暮らし

長い間、女性としては珍しく、常勤医として働いてきた。

女性医師の場合、出産や育児があるので、たいていはどこかで休んだり、パート医になることが多い。

しかし私の場合、常勤とは言っても夕方には帰るし、当直も最低限しかしてこなかった。

夜の仕事は、男性医師が全部やってくださった。だから常勤といってもカッコつきの「常勤」である。

いくら能力があっても、夜や休日にアテにならない医師は、半人前。そんな世界だ。

医師の世界では、そんな半人前の医師だったから、能力があっても管理職にはなれない。

別に名誉がほしいわけではないが、管理職になれないということは、組織の中にあって、自分の意見は通らないということ。

いつも誰かに従っていなければいけないということ。

だから、いつも誰かに従い、波風は立てず、ただただ真面目に診療するだけだった。

そのおかげで、自分で納得のいく、丁寧な診療をできる医師にはなれた。

 大きな組織にいた40歳半ばのとき、思うようにならない組織を離れたいと思って開業した。

男性でさえ、精神科で開業しない時代だったので 華々しい転身だった。

しかしここでも男性医師は、奥さんの内助の功あっての開業。

男性は家事がないぶん、どの世界でも 奥さんとふたりで一人前のような気がする。

内助の功がないまま、何から何までひとりでやるのは 大変なことだった。

経営は順調で診療そのものも充実していたが、結婚したのをキッカケに 勤務医に戻った。

され、勤務医になったのはよいが、夜や休日は活動したくない、あいかわらずの「半人前医師」なので

いつも 管理者の言うことには ぜったい従わないといけない。

そういうことには慣れているものの、ちいさな私立病院ともなれば 我慢することのほうが多くなる。

 このたび 4回目の転身をはかり、大きな総合病院2つをかけ持ちのパート医となった。

本来なら 大きな総合病院は 妻子を養っている中堅の医師で うまっているはずだ。

ところが 最近は 誰もが精神科クリニックを開業する時代になったので 逆に総合病院に空席がある。

 まさに 残り物に福 なのだ。 ああ 良かった!

しかし、パートなので立場がなく、仕事も決まってなくて泣けるときもある。

かけ出しならいざ知らず、キャリアや能力があっても立場がないってそりゃあ ギャップが大変よ。

でも 今 考えている。

これからは一匹狼で行こう。 自由で わたしらしい。

「クリニック」という砦がなくても。病院の常勤医として守られている、ということがなくても。

一生、こんなに真剣に丁寧に仕事をしてきたんだもの。

こんなに 自分らしく仕事をしたいと願い、転身に転身を重ねて、自分らしい居場所をさがしてきたんだもの。

一日きざみで 働く場を変えようと、そして 毎日が戦場に赴くみたいその日かぎりであろうと。

その日一日の仕事が 自分で納得のいくものなら、その先には きっと 何かがある。

先日、ある病院の精神科のドクターが うつ病で入院してきた。原因は精神的ストレスと過労だ。

精神科医という仕事は精神的にハードなのだが、わたしは 健康を維持して長く続けたいと思っているので

毎日工夫を重ね、クールに自分を見つめ、自分をコントロールする日が続く。

「これで良し」という日は訪れないかもしれないが、それが「生きている」ということだ。

続・お金とこころ

以前に、「お金とこころはセットです」というコラムを書きました。
それに対して、友人から「言われてみれば確かにそう。でも じゃあ どうすればいいの」と
聞かれました。
それはそれぞれが考えればいいことなのだと思うのです。が、こんなことがありました。

二ケ月ほど前、こんな相談を受けました。
ご主人が、お金にルーズだというのです。奥さんが置いておくお金が、なんとなくなくなっている
のだそうです。ご主人の小遣いが少ないのはわかるので「あなた 取ってない?」と聞くと
「とってない」と言います。でも なんとなく少なくなっている気がする。でもご主人から あまりにあ
確信的に「とってない」と言われると、ついつい「じゃあ わたしの心得違いかなあ」と思ってしまう、
というのです。

子育て真っ最中の忙しい主婦の暮らしの中で、お金はたえず必要ですし、また 1000円札が何枚か
なくなっていたとしても 確信できない気持ちはよくわかります。

ご主人のほうが、はるかに知能犯なんですよね。

「ご主人が抜いていることは確かだと思いますよ」と話すと

「でも、確信的に否定されてしまうんです。現行犯で捕らえられないし」とのこと。

こんなとき、あなたならどうしますか?

         ☆      ☆      ☆

わたしにもこんな経験があります。
昔、500円玉貯金をしていました。たまったたまったと喜んでいたのですが、
いつのころからか たまり方がおそい。
そのころまだ思春期だった次男に「あなた、とってない?」と聞いても「とってない」と
言います。

何回かそんなことを繰り返した、あるとき、わたしが寝ていたら こっそりやってきた
次男がそーっと500円玉貯金を抜いているのです。

そこで そのときは寝たフリをしていたのですが、何日かして 折をみはからって
次男を 前に座らせました。

そしてとても厳粛な声で 言い渡したのです。

「あなたね、500円玉の件だけどね、お母さんはずっと前から 知ってたのよ。
わかっていたけど黙っていたの。よく考えて行動しなさいよ!」

びしっと言うだけ言って、うむを言わさず、立ち去りました。

その後、500円玉貯金がなくならなかったことは言うまでもありません。

その次男がもう少し大きくなってからですが、バイクを買うので保証人になってくれと
言ってきました。冷たいようでしたが、お金をためてから買いなさいとつっぱねて
保証人にはなりませんでした。

どの子も親が保証人になっていると泣きつかれたけど、まだまだ甘えたい年頃の
次男の保証人になったら、結局 いずれわたしがかぶることになる気がして。

成人するかしないかの あやうい時期は特別にお金に対して 子供たちにはきびしく
しました。

子供が多少お金にルーズでも、親は困りません。でも いずれ そのお嫁さんが困る気がして・・・・・・

誰かのつけは、結局 いつかは誰か別の人にまわってくるのですよね。

           ☆      ☆     ☆

その奥さんには、こんな助言をしました。

ご主人が盗んでいると思います。でも たずねたってはぐらかされるだけ。
ご主人のことはほうっておいていいですよ。
お金を大切にしなさい。一円たりともおろそかにしないつもりでやってごらん。

二ケ月後にきた奥さんの顔は明るかったです。

ご主人には「お金は大切だから とらないでね」とだけ言い、あとはほうって
おいたそうです。
わたしに言われた通り、家にあるお金は把握するようにして、毎日家計簿をつけて
いるそうです。

もちろん、ご主人はそれ以来とらないそうです。とれないですよね、奥さんが毎日一生懸命
家計簿つけていたら・・・・・・・・・

          ☆      ☆       ☆

ひきこもっている患者さんにも、誰からお金をどんな形でもらっているか、聞きます。

下手なカウンセリングをおこなうより、いろんな構図が見えてきます。

お金の得方、お金の使い方で、その人の中身がわかると思う。

         ☆    ☆    ☆

お金には こころが入っていると思って大事に扱うこと。

それが、お金の扱い方の基本だと思う。

心神耗弱状態と責任能力

先日、ある殺人事件で精神科医による容疑者の精神鑑定がおこなわれ、
「容疑者は事件当時、心神耗弱状態であった」との鑑定結果が出た。

 たしかに、容疑者は異常な精神状態にあったと思われる。
しかし鑑定にもあったように、あくまでも 「急性」で「短期」の精神病状態である。
何年も前からその様な状態にあったわけではないし、逆に突然意識をなくしたわけでもない。

事件当時、短期に精神病状態にあって、判断がつきかねる状態であれば、日本の裁判では
無罪もしくは情状酌量の余地ありということになっているらしい。

けれど今回の事件では、その判断に納得しかねるという世論が多勢をしめるように思える。

              ☆       ☆       ☆

話は変わるが、お酒を飲んでおこす事件がある。酩酊状態における犯罪だ。

酩酊状態は まず2つに分けられる。

ひとつめは 普通酩酊。これは普通の楽しい酔いである。
ふたつめは 異常酩酊。異常酩酊もまた 2つ あって、複雑酩酊と 病的酩酊である。
事件になりやすいのは後者、つまり複雑酩酊と 病的酩酊である。

一番多く見られるのが複雑酩酊である。これはお酒を飲むと 人格が変わってしまい、粗暴になり
興奮する。
しかし見当識は保たれていて、粗暴や興奮の結果におこなった行為は、ふだんから心の底に
持っていた感情が出るのであって、周囲からもなんとか理解できる範囲である。
つまり ふだんから憎んでいた人に向かうけれど、無差別な殺人にはならない。

 これに反して異常酩酊というのは、めったにない。これは本人も周囲もまったく理解に苦しむような
 無差別殺人をもおこしかねない状態に陥るような酩酊である。本人の知らないうちに起こるもの
であって、責任能力はない、とされている。裁判になっても無罪である。

しかし。

ここが大事なところなのだが「もし、酒を飲めば、異常酩酊状態に陥るような酒の
飲み方になる」ということを 本人が一回でも知らされた後におこした事件は有罪である。

知らなかったらどうしようもない。
しかし過去に知らされていたなら、本人が自覚していようがいまいが、あるいは
意識をなくした上でおかした犯罪であっても、有罪ということだ。

とても納得のいく考えだ。

        ☆      ☆      ☆

今回の事件は酩酊で言うなれば、複雑酩酊のようなものだ。
もともと憎んでいた人を殺したわけだから。そして 複雑酩酊なら 当然、有罪だ。

もし、今回の事件が 異常酩酊に匹敵するくらいの心神耗弱状態であったとしても、
どうだろう。

もしそうであったとしても、自分が殺人事件をおこしかねないくらいになっているという
ことを 一度も想像できなかっただろうか。

「殺したい」と ただの一度だって 思わなかっただろうか。

人を殺したいくらい憎いという自分の精神状態を、まったくわからないのは子供くらいで
あって、その精神状態の異常さに、普通の大人なら 気づかないわけがない。

「相手も悪い人だった」という事実と 容疑者の責任能力の有無はまったく別次元の話である
ことは言うまでもない。

       ☆       ☆        ☆

精神科医・吉田脩二の本「サルとヒトの間」に、ある病気の後遺症で 数秒しか記憶が保てない
ある高名な指揮者の話が出ている。

彼は自分は生きる屍だといい、次第に人格崩壊していくのですが、吉田は言っている。

人間は、過去、現在、未来の連続性の中で生きてこそ、存在しているのだと如実にわかる、と。

事件をおこした容疑者が、その事件当夜、責任能力のないような異常な精神状態にあったと
しよう。鑑定でそう言っているのだから そうなんだろう。

しかし、容疑者の人生は連続している。

事件当夜の前日、彼女には責任能力があったはず。ということは 自分の置かれている状況を
理解もしていたはずである。

自分の判断で結婚し、自分の判断で結婚生活を続けていた。
その結婚生活が予想に反して、しあわせなものではなく、夫を殺したいくらいの心境にあると
いうことを 理解できていないくらいだったら そもそも結婚できてないと思う。

その連続性をどう考えるのだろうか。
一ケ月前の責任能力と前日の責任能力と 当日の責任能力は連続して考えるべきものと思う。

        ☆      ☆      ☆

統合失調症という疾患がある。最近は良い薬も出て、また精神医療の啓蒙のせいか統合失調症の
方の犯罪がうんと減った。

統合失調症で 幻覚や妄想のもとで 犯罪を犯した場合は 無罪ということになっているようだ。

しかし、精神病の方に添いながら仕事をしているわたしだけど、統合失調症の幻覚で罪をおかしたら
無罪というのも 納得できないと思っている。

病気であっても 罪をおかしたら有罪になる。そういうことは きちんと患者さんに話すべきだと思う。

精神病をもっている人が、もしちゃんとした治療しなかったら 幻覚妄想状態になって何をしてしまうか
わからないような異常な状態に陥ってしまうんですよ、ということは 教えておいたほうがよい。

それをわかる義務が患者さんにはあると思う。

そういう義務を果たしてもらうことが わたしは本当の意味で精神病の人を尊重することだと思っている。

         ☆        ☆       ☆

今回の事件では、短期に急性に精神病状態であったというならそれはそれでよい。

しかし 責任能力はあると思う。

なぜなら 人間は連続して生きているからこそ、人間であるから。

毎日毎日、テレビや新聞で、いやというほど知らされている。

愛憎がともなえば殺人事件になるということを。

誰ひとり、テレビや新聞の報道から遮断されてはいない。

あなただって、もし今、誰かを死ぬほどに殺したいほど憎んでいたとしたら、

一日も早く解決するか相談するか逃げるかしないかぎり、殺人事件に発展する可能性は
いっぱいあるんですよ。

誰もそのことを教えられていない、知らされていない今の世の中ではない。

そうわかっていながら、苦しむあまり心神耗弱状態で事件をおこしたら、それは

今日のあなたに責任があるかぎり 明日のあなたにだって責任はあると思う。

そうやって連続性のあるものとして人の人生を考えるという視点に立てば、

今日のあなたの生き方が あなたの10年後のあり方と関係してくるということだ。

わたしの夢

わたしの夢は、あまり大きな声で人に言えない。
夫は知っているけれど、人には言わないで、と口止めしているし、夫からも口止めされている。
住んでいる地域をよくしようと一緒にがんばっている周囲の人たちに漏れたら大変。
抜け駆けしちゃうことになるから。

でも、このブログでは わたしは特定されていないし、ユーモアもある方たちが
読んでくださっていると思うので 言ってしまいます。

小さな声でいいます。わたしの夢は「老人ホームに入ること」
夫からはあきれられています。
理由は「自分以外の人が作った料理を食べて暮らしたい」その一念で。

昨日のコラムと反対のことを言うようですが、わたしは一生、妻の手料理を食べれる
男の人というものをうらやましく思うことがあります。

何不自由なく暮らしていたわたしが、下宿生活に入った18歳のとき、唖然としたんです。
そうか、女性って一生涯、自分で作らないと誰も食べさせてくれないんだ。
すごく唖然とした覚えがあります。

女性は結婚して誰かの食事を作っていくことが定め、と思っていた方たちにとっては
理解に苦しむような感慨かもしれません。

でもわたしは、すごく唖然としたことを今でもよく覚えています。

いつか誰かの手料理を食べて暮らして行きたい。それがささやかな夢。

ヘンですか?

 結婚するなら料理の出来る人がいいな、わたしの夫は、カレーライス、肉じゃが、野菜炒めなど
手際よく作ってくれます。がしょせんは「料理派」じゃなく「掃除派」だったんですよねぇ・・・・・

あ、でも知ってますか?

こましな食べ物を出してくれる老人ホームってとても高額だってことを。年金も退職金もない
わが家の経済状況では、ぜったいといっていいほど入居できないことを。

 今日のコラムは「現実」で味付けしたユーモアを解してくださる方に届けます。

せっせと今日も料理を作ります。

今日のコラムは聞かなかったことにしてください。

お昼は手製ソースで焼きそばを作りました。↓

蒸しそばは炒める前に電子レンジ2分が コツ ですよ。

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