料理の能力(脳力)を磨こう

職場の昼休みに、新聞から切り抜きをして手帳にはっていたら看護婦さんが「何しているの」と聞いた。

「美味しそうな料理が載ってたから切り抜いたの」と話すとその看護婦さんが目をむいて

「先生、料理するんですかぁ」と言う。

「先生は料理するようにはぜったい見えない。仕事から帰ったら、さあ!原稿書きだぁ、って感じで

机に向かっているように見える」という。

別の看護婦さんたちもみな口々に「料理やってるようには見えない」と言う。

7年も一緒に働いているのに、皆さんなんて見る目ないんだぁ。

料理は特別うまいほうではないと思う。が、好き。

若いころからずっと毎日手を抜かずに作り続けているし、デジカメで撮った写真で

料理日誌を毎日つけている。楽しいから。

などしゃべっていたらみな目をまん丸にしてあまりにも驚くので、おかしかった。

「そもそもさあ、食べてくれる人を確保するために結婚したんだもん。ひとり暮らしのときは、全然やる気

おきなくて。ろくなもの食ってなかったのよ。それでね、これではアカン。誰かわたしの料理を食べてくれる

人を探さなアカン、そう思って探したのが夫よ」そう言うとみんな大笑いしている。

でね、毎日毎日「ああ 腹減ったぁ」というのが口癖の人だから助かってるの。

そう言うと、そこにいた全員の看護婦さんたちが「そう、そう、そう。腹減ったぁ、って言われると

俄然料理しなくっちゃあって思うよね。わたしたちの料理の原動力って 「腹へったぁ」の声だよね。

久しぶりで皆で笑ったこと笑ったこと!

料理談義はまだまだ続いた。

料理が苦手、何作っていいか毎日悩む、という人から、冷蔵庫の中を見て、チャチャチャと作るのが得意という人まで。

つぎはわたしの持論である。

料理を作るために必要な能力は、家事の中でも上級に属する。

想像力、段取りや手際の良さ、一度に3つ4つのことを同時にやる能力はかなりのもの。

特に、冷蔵庫の中の物でいくつかの料理が作れる人は、かなり上級主婦だ。

家事の中でも 料理に使う脳と、掃除や整理、洗濯に使う脳では場所が違う。

だから両方得意ということが少なく、主婦はだいたい「料理派」と「掃除派」に分かれる。

料理が得意な人の家は、けっこう家の中がガチャガチャしていることが多いし、

家が見事にすっきり片ついている人は、案外新しい料理につぎつぎチャレンジということが少ない。

料理は想像力や独創性が必要なので ある程度 もって生まれた素質が必要に思う。

手際よく美味しい料理をずーっと作り続けているかぎり ぼけない。

あるいは、ぼけにくい脳力と料理が得意な脳力が脳力的に一致するのかもしれない。

と、たくさんのお年よりを診たわたしの経験論である。

わたしが すごく得意というわけではない料理にとても熱心になっているのは、そういう理由。

料理を作るという行為は、こころをかけなければいけない。頭も使わなければいけない。

磨けば磨くほど、こころの力も脳の力も伸びる大切な行為だと思う。

わたしの料理日誌 ↓

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精神科医のブログ

子供のころからずっと、いつも人より半歩先を歩いて来た。

一歩じゃなく半歩というのがビミョーで、有名にも立派にも金持ちにもならなかった。

また、出る杭は打たれるという諺があるが、頭2つも3つも出る能力があればよかった。

頭ひとつ分しか出ていないのがまた微妙で、いつも打たれっぱなしだった。

だからこの年になってまだ 新米面ひっさげて病院内をうろつく運命に甘んじている。

ちょっと悔しいと思う日も、ひそかに涙する日もある。

       ☆     ☆     ☆

わたしが精神科医になったころは、精神科医なんて一番嫌われる職業のひとつだった。

患者さんから水をかけられたり、葡萄の皮を投げつけられたこともある。

もちろん病気のなせる技だから、腹は立たない。

患者さんの親から「あなた(精神科医)にだけはかかりたくなかった」と
にらみつけられたことも一度や二度ではない。

でも、インフォームド コンセントや セカンド オピニオンなどという言葉ができるはるか以前から
そういうことを大切にしてきた。わたしにとってはあたり前のことだった。誰に習ったわけではない。
普通の感覚持った 普通の人だったからに過ぎない。

わたしがHPを作った10年前は、精神科医のHPはほんのわずか。いや、ほとんどなかった。

それがどうだろう。

最近再開したこのブログにも、「精神科医」という検索でやって来る方が多くて驚いている。

そこで調べてみたら 精神科医のブログが山ほど(というのは大げさだが)ある。

そして、私など足元にも。。。。。という立派なブログも。

だけど、精神科医がもてはやされる時代なんて、ぜんぜんいい時代なんかじゃない。

わたしはそう思う。

ただ今、精神科医歴37年。

時代と共に生きてきたという実感だけはたしかにある。

そして時代の変化に敏感で、人間のいろんなことがこわいほど見えることもある。

        ☆      ☆      ☆

今、わたしにとっての「半歩先」は何だろうと思う日々である。

「精神科医です」と胸をはって言うなんてはずかしいことと思っていたが、今もそれは変わらない。

今、目の前にいるひとりの患者さんを大事にする、ただ普通の医者でありたいと思っている。

このブログは、そんなわたしのデトックスである。

継続のコツ

先日書いた「脳の可能性」は、とても反響がありました。
「励まされた」「わたしも何かつづけたい」という感想が一番多く、
二番目が反対に「わたしはそんなにがんばらない、気楽に生きていこうじゃないの」という感想でした。

ところが、今日、継続のコツを教えられる出来事がありました。

今日診察した50歳の女性のお母さんは、80歳のちょっと手前。
娘さんの診察にともなって来られました。
そのお母さんがふと「わたしはピアノを続けているので。。。。。」とおっしゃる言葉を
わたしは聞きのがしまんでした。
診察が終わってトイレに行くと、ばったりそのお母さんと出くわしたので、思わず
お母さんに「さっき、ピアノっていいました?」と聞きました。

「そう、ピアノです。40歳代で始めて、30年習っています」
「習いに行くのは月に一回。でも30年、休みなしです」
「楽しくて楽しくて。娘もわたしのように、うちこめるものがあれがいいのですが」
「乙女の祈りも下手ですが、弾けますよ」

わたしは感嘆しました。
なぜかというと、7年前にピアノを始めたわたしですが、しょっちゅうやめてしまいます。
やめて再開し、再開したけどやめ、やめたけど再開し、でもまたやめてしまい・・・・・・・
今では再開する自信もない。
といいながらまた再開し・・・・・・・・・・それほどの未練がありながら続けられません。
素人で30年も続けるなんて 並大抵のことではありません。

その女性とわたしの違いは何でしょうか。
今日はそのことについて考察します。

        ☆       ☆        ☆

7年前に結婚したときに、夫の趣味は 水泳とピアノでした。
夫はピアノを20年、水泳を15年続けています。
わたしは水泳はダイキライでしたが、ピアノは以前から関心があったので影響されて
ピアノを習うことにしたのです。

さて、好きだったピアノは、ものすごい情熱で習いました、当然上達もしました。
しかし、習慣になって、快感ホルモンが出る前にやめてしまいました。

もうひとつの水泳は、夫が週3回プールへ行くので、しぶしぶプールに
ついて行くことになりました。泳げないのでプールを歩くのです。
夜、ひとりで家に残されたくなかったし、プールのあとの温泉も魅力だったから。
3年くらいは いやいやしぶしぶだったので、理由をつけては休んでいました。

ところがそのうち、一ケ月も休むと 夫から催促されます。
家に残っていても、ダラダラ過ごすだけだってわかってきます。
なんとなく体調も悪くなります。なんか「やっぱり行こうかなあ」となってしまう。
プールに行っているほうが都合がいいんですね。で、再開してつづけます。

そうこうしているうち、7年たった今では プールやジムがすっかり快感になってしまい、
生活の一部になってしまったんです。やめるなんて考えられません。
せっせと週3回、夫と一緒に通い続けている始末。

大好きだったはずのピアノが続けられず、きらいだったプール通いが7年も続いている。
それはなぜでしょうか。

         ☆      ☆      ☆

答えはカンタン。

それは「プールはただただ続けたから」です。

そんな答えはおかしいよ、って思いますか? 続けるコツを聞きたいのに、って。

けれど、患者さんの80才の女性にしても、夫にしても口をそろえて言うんです。

「やると決めたらただただやるだけ。たったそれだけ」って。

くらべてわたしときたら「今日は行こうかやめようか」
「本当に上手になるだろうか、ならないだろうか」
「こんなこと意味があるかしら、ないかしら」
「上手になるのはどうしたらいいだろうか」
「今日は忙しいから、明日こそ、あさってこそ」

余計なことを考えすぎるんですね。続ける人って何にも余計なこと、考えていないんです。

やると決めたら迷わずやる。
やることが都合が良くなるまで、快感になるまで、とにかくやる。

どんなに好きなことでも、最初の間はただだだ続けなければだめです。 

そうやっているうちに、快感になってきたり、依存になってしまう。
そこまでいったらシメタもの。

続けるって 一種の「依存症」ではないでしょうか。
何かを続けるって、タバコや酒やコーヒーをやめられないのと同じ。
一種の依存に陥るってこと。

そう、何かを続けるコツは、それが習慣となるまでは、何も考えず、ただただ
続けることに専念する。

どんなに好きなことでも、

「続ける」と決心し

「続けられる条件を整え」

「ただただ続ける」

そうしなけれが続けられません。

キー ワードは 「依存」です。

         ☆     ☆     ☆

何かを続けることって大変といえば大変。マ そこまでしなくてもね。お気楽にいけばいいのでは。
そう考える人がいても不思議ではない。

何かを続けるということは 時間もとる、エネルギーもいる。時にはお金も。

何かを続けるってことは、別の何かをあきらめるっていうこと。
それもさびしいじゃあないですか、ねぇ・・・・・

だから飽きっぽいと言われようとなんのその、いろんなことに手を出し、好奇心を満たし、
でもすぐ飽きてしまってまた別のことに手を出し、それにも飽きて何かを探し・・・・
という暮らしもわたし的には好きです。

囲碁にめぐりあったとき、子供が言いました。

「お母さんって 何と飽きっぽいと思っていたけど、好きになれることをずっとさがしていたんだね」

涙が出ましたよ、周囲から「飽きっぽい人」という烙印を押されていた私に、

さすが子供ですね、 お母さんを見つけめるまなざしはどこまでも温かい。

というわけで、何かを続けても 続けなくても 人生はしあわせになれると思いますが、
次回は「続けることの意味」=「依存」について 書きます。

脳の可能性

今日、職場に行きましたら

「先生、よくこの雪の中を運転してきたね。私は夫に送り迎えしてもらってるよ」

わたしよりはるかに若い看護婦さんが、そう話しかけてきました。

彼女の家は病院から30分、なのにわたしは一時間もかかります。それも毎日です。

わたしは雪国の出身なので、雪道には慣れてはいます。

でも、それ以上に脳の可能性を信じているので、どんなことでも少しづつ少しづつ慣らしていけば
出来るようになることを信じた結果です。

脳の可能性を信じるようになったのは、囲碁を習った時からです。

40才のとき囲碁をゼロからはじめ、毎日やっていたら10年後に3段までなりました。

我ながら「すごい!」と思い、その経験が一生の財産になりました。

その後、50歳をすぎてピアノをやったときも、毎日やっていたら弾けるようになりました。

数年前には、ゼッタイ無理と思った高速道路の運転を 毎日毎日3ケ月続けたとき
「あ、運転できる」という瞬間がおとずれました。

普通だったら 3ケ月もの間、手に汗して こわくてくわくて・・・・・という状況ならあきらめるでしょう。

でもわたしは必要性を感じたし、できると信じていたので 3ケ月 汗をかき続けました。

自分は鈍いので 普通の人ならやれることでも時間がかかるのです。それは仕方ありません。

どんな苦手なことも「続けるだけで」 やれるようになります。

要は 続けることを決心するかどうかだけです。

今、思い出しましたが、囲碁をやるはるか以前、35歳で スキーをはじめた時。

とにかくこわくてこわくて 悲鳴ばかりあげていたのに シーズンに20回くらい通って
レッスンを受けたら 2年くらいで 子供たちと一緒にすべれるようになりました。

そうそう。医学部を受験したときも、塾も家庭教師もいない 田舎の高校で普通の授業を受けただけで
すんなりと受かりました。
すごく頭が良かったわけではなく、他にすることもないまじめな子供だったので ただただ毎日
日課のように机に座っていただけ、が 効果的だったんだと思う。

こつこつ続けるだけで何事も成就できます。

今、こつこつ続けて成就をねらっていること、それは 暮らしの中でやれる体操。

ずっと働いているためには、からだが資本。

特別の習い事や散歩などの時間がとれないので
暮らしの中にからだを動かす体操をとりいれたら からだが鍛えられるのではないかと思っています。

毎日 こつこつと続けることで ずっと仕事が続けられるからだを作りたいと思っています。

きっと何事も、特別の教室などに通うより、とにかく「毎日、短時間でも続ける」ほうが

みのりは大きいと思います。

脳は だれにとっても、すごい可能性を秘めていると思います。
 

独立で得るもの、失うもの

知人が55歳で会社をやめ、趣味を仕事にして独立した。
仕事は順調、マイペースでいかにも楽しそうである。
それでも彼は「組織にいたほうが楽しかった」という。
それを聞いて、思うことがある。

医師というのもまた、誰もが開業を夢みる職業のひとつだ。
開業したいと一度も夢見ない医師は少ないのではないか。
わたしもそのひとり。15年前から10年くらい、開業していた。

家庭の事情で再び勤務医になって、7年。

両方やってみて思うこと「勤務医のほうが面白い」ということ。

組織にいるということは、開業しているよりはるかに大変なことが多い。
そもそも大変なことが多いから、独立したくなるのだから。
でも苦労の種が、一番の喜びの種であることは、「不肖の子が一番かわいい」
ということわざからもうかがえる。
組織というのは「やめたくなる」ほどの大変さがまた、 楽しみの種なのだ。

たとえば、たくさんの人に囲まれていろんな刺激を受ける。
つぎつぎと難題がふりかかり、みんなでワイワイとこなしていくうちに、人の情にも触れる。
ひとりやふたりで仕事をしていると味わえない楽しみだ。

両方やったから初めてわかることだけど、

「会社」って大変だけど、面白い。

今、医師が100人近くもいる大きな病院で働いていて、困難は絶えず訪れるし、
我慢しなければいけないことも はるかに多いのだけど、
「刺激がある」という一点でもって やはりひとりで仕事しているより楽しいと感じている。

どんなに情報が発達する世の中になっても、
人が人から受ける刺激や情報以上のものはないのではないだろうか。

わたしの目標、それは「組織の中にあって自分らしさを発揮すること」