継続こそ力なり

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6年前に、バイエル80番で、突然むづかしいと感じ、ギブアップしてしまった。

それ以来、「わたしにはピアノは無理」と決めつけ、ピアノにふれることが

ほとんどまったくない数年を過ごした。

最近再開して、最初からやりなおしたバイエルが、6年前の「80番」まで

やっときた。

今回は難なくやり過ごせそうである。

しかし、この6年のブランクがなかったら、当然もっと進んでいただろう。

        ☆       ☆       ☆

一方、プールのほうは、夫が行くのでしぶしぶ連れられて行った。

もともと運動はきらいだ。

休みたくて仕方がなかったが、夜ひとりで残されるのが嫌だった。

ただただ20分ほど歩くだけのプール通いを週3~4回、8年も続けた。

上達しなければいけないことではないから、無心に続いた。

ところが、今日始めて 500メートルを いっきに泳いだ、泳げた。

習ってはいなかったが、ずっと教室で習っている人を見ながら歩いていた。

イメージ トレーニングができて、少しづつ泳げるようになっていた。

けれど この1~2年、いきなり本当に泳げるようになった。

習ってもいなく歩いていただけで 500メートルも続けて泳げたなんて奇跡的だ。

心臓が悪くなかったら、もっと泳げたと思う。

            ☆       ☆      ☆

上達ばかりにこだわったピアノはだめになり、無心にやっていたプール歩きで

泳げるようにまでなった。

継続、その一語あるのみの結果の違いだ。

下手なピアノを子守唄にして、レモンが寝ている。

わたしがピアノを弾くと寝る。 寝る意味はわかる。

夫が弾くと妙に鳴くらしい。

鳴く意味がわたしたちにはわからない。

レモンを見ていると「何もあくせくすることはないさ」と思えるところがいい。

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はしゃぐレモンとお客様

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勤務先の病院に、埼玉医科大学の精神腫瘍科の教授、大西秀樹先生が来られました。

3時から10時までカンファランスと講演会と宴会がありました。

総合病院の中で、たったひとりの精神科医である私は、ふだんとても孤独を感じているので

「仲間」ができたようでなんとなくうれしくて3時からずっと、ぴったりとくっついていました。

雑談の最中に、お互いにピアノを習い始めた、ということがわかるやいなや。

わたしは、「宴会の後、ぜひわが家にお寄りください」とお誘いしてしまい。

先生も、気軽に来てくださったので、深夜まで、ちょっと楽しい時間を過ごしました。

互いにピアノを弾きあいっこしたんですよ。

こんな出会いがあるなんて、楽しいことですね。

先生もちゃんと旅行カバンの中に、楽譜をしのばせておられたのですから

まあ、ほほえましいというか・・・・・・

でも一番よろこんでいたのは、実はレモンでした。

お客さまが来るとはしゃいだ子供時代の私のように。

レモンは先生にまとわりつき。

先生の立派な背広をくちゃくちゃにして遊びまくり。

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果ては、お互いに顔を見合わせて、なんだか意気投合気分でしたよ。

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ピアノが夫の番になると、例の特等席に寝そべりながら、

「うん、うん」と聴くふりするところなんか

またレモンの社交的なところです。

レモンはお客様がダイスキな、人なつっこい猫ちゃんです。

生後2ケ月あまり、しっかりと親兄弟とで甘えたりじゃれたりして育っていたので、

まさに、社会性が育っているのですね。猫にもそういうことが必要なのは、あとで知りました。

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大西先生は、猫を飼ったことがないそうですが、

「そんなん、うそでしょう?」って言いたくなるくらい扱いが実にうまく。

レモンはまとわりついておおはしゃぎしていました。

猫好きで優しい人間の本性を本能的に見分けるのだろうと思いました。

ピアニストになる。

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ピアノの先生の所に行ったとき、自分の持っている教則本ハノンとバイエルを並べ、

正座して、問うた。

「先生、私はそんじょ、そこらの生徒とは違うです」

先生「何が違うの?」

(私「ピアニストになりたいんです」というわjけにはいかないので)

わたし「10年後に、人前で10曲くらいでリサイタルできるくらいになりたいんです」

先生「そう。で、レベルはどのくらい? すごく上とか 下とか 真ん中、とかあるでしょ?」

(私「すごく上っていうわけにはいかないので」)

わたし「素人ってわかってもいいけど、途中でつかえてしまうとか、ヘンな音を出すとか、そんな

感じで不愉快になる演奏でなかったらいいんです」

先生「そう。だったら ハノンもバイエルもいらないわ。今やっているショパンを少しづつ

やりましょう」

私「・・・・・・・・・・でも、そればかりだったら飽きるんです」

先生「どうせ、一生かけたって満足に弾けるようにならないのがピアノよ。

だったら、同時に二曲か三曲をやればいいの。毎日少しづつ少しづつ、楽しみながら 

ジグソーパズルを埋めるように一生かけて楽しみながら練習するのよ。パズルが

埋まったときが弾けている時よ」

私「・・・・・・・・・はーい、わかりました」

           ☆       ☆       ☆

ジグソーパズルを埋めていくように、練習する。

それが一生続くだけ。

この言葉、大好き。

ジグソーパズルを埋めていくように、時間を埋めていったら それが結局は

一生ってことなのね。

ピアニストになる夢は捨ててないけど、わたしの先生にそれを言うのは、もうやめるわ。

           ☆     ☆     ☆

プールから帰るのが9時半で、

それからブログを書くのに、25分はかかるから、

それから寝るまで、5分だけピアノに向かうのよ。5分でいいんだって。

♪♪ を 一小節弾くだけで、それが楽しければ、ちゃんと一回分のパズルを埋めてるのよ。

わたし、きっといつかピアニストになれるんじゃあないかと思っているの。

途中で人生が終わっちゃったら、それはそれでいいしね。

実は全員が途中で人生が終わっちゃうのよね。

でも、どうせ途中で終わるのなら、今日の5分だけでも楽しいことで埋めていって。

その5分が、何かにつながるような。そんな生き方がしたいのよ。

ピアニストになりたい、なんていうのは、もう先生の前だけでなく、私の中でもやめるわ。

「目標は必要だけど、目標なんていらない」っていうパラドックスが

存在するものらしいから。

氏より育ち?

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晴天のヘキレキ、妹がピアノを習うと言いだしました、突然に。

今まで何の関心もなく、ト音記号とかヘ音記号さえ知らなかったというのに。

         ☆      ☆      ☆

妹はうわさ話が好き、職場でのグチも比較的言うほうでした。

ところがわが家に来ると「調子のいい時には、その職場から給料をいただいておいて

都合の悪いときだけグチを言うのは無し!」とかピシャリと言われてしまいます。

子供の話や人のうわさ話も、特に夫が嫌いです。

そんな私たちと一年もの間、おつきあいするうちに、妹は本当にどんどん変わっていきました。

「変ろう」「変わらなくては」と思ったそうです。

         ☆     ☆     ☆

そして私たち夫婦と友人たちが、ピアノの話で盛りあがっていた先週のこと。

 あまりにも楽しそうに見えたんですって。

突然「わたしも習おうかな」と言い出したのです。

一瞬、目が点になったわたし。でも大賛成!

早速、今日先生のところに行ってきたそうです。

本当にいい先生で、どんなに年とっていても、どんなに音楽と無縁でも、

ちゃんと楽しく弾けるように教えてくださいます。

素敵な輪が広がっていきます。

そうそう、先生自身

「みんな、楽しそうねぇ。羨ましいわぁ。私も何か習いたくなった」ですって。

でも、習いたいことがないんですって。

そうよ。習いたいことって、そんなに見つかるもんじゃあないわよ。

クレマチスにぽつぽつと蕾ができてきました。

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今日のピアノ

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今日は気分がのらず、ピアノ レッスンはおしゃべりばかり。

でも、やっぱり少しでもレッスンしたい気持ちがあるので、この

短いフレーズがどうしても弾けないので、教わりました。

教え方がとても上手なので、3週間弾けなかったフレーズが

なんと! 20分で完璧に弾けるようになりました。

たったこれだけでも弾けるようになると、天にも昇るくらいうれしいのです。

レッスンから仕事に回りました。

もうすっかり田舎では田植えの準備が始まっています。

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ピアノがお好き?

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今日はピアノのレッスン日。

夜はプールにも行きますので、ピアノの復習までしようとすると

とてもレモンと遊ぶ暇はまったくとれません。

休日以外、本当に忙しくて、レモンと遊ぶ暇がほとんどない私です。

ところが!

今夜、ピアノのレッスンをしていましたら、いつのまにか

レモンがピアノのそばにきて、じっと聴いていました。

こんな情景は一度や二度ではありません。

わが家に来てからずっと聴いていますので

ピアノの音色が本当に好きなんだなあと思います。

お母さんがレッスンを必死に熱心にやっている姿から

レモンも何かを感じとっているように思います。

猫といえど、馬鹿に出来ないいろんな面を見せてくれます。

夫から言わせると「動物的」という言葉があるように

動物のほうが、本能が退化していなくて、人間より賢い面があると

言うのです。

人間の子供(夫の2人の子供たち)は、生まれたときから夫のピアノを

聴いていたにもかかわらず、親がレッスンをしていても無関心でした。

親の情熱にも、それが当たり前だったので無関心だったように思います。

猫のほうが、そういうものを純粋に感じとる力があるのかもしれません。

ぴあのレッスン

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火曜日は午後半日の仕事と決めています。

洗面所で鼻唄を歌いながらお化粧していたら、気配と視線を感じました。

あれ? と振り向くと、レモンが横座りして見ていました。

「ふう~ん? 化けてるんかぁ」と言うので、

「何言ってるの。たしなみよ」と言うか言わない間に、後ろ姿もカッコよく、もうどこかに。

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でも私がのんびりする日はわかるみたいで、けっこうついて回るのですよ。

ピアノの先生のお宅は、こんな大きな庭の中にぽつんと建っています。

雪ももうほとんど溶けました。

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今日のレッスンは、たったこのフレーズだけ。

ショパンの原曲ですよ。

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でもね。

この一時間のレッスンは楽しくて楽しくて。

一週間の仕事の大変さが、このレッスンを始めてからなぜか半分になりました。

「診察という仕事」が大変なのでなくて「精神科医をめぐる状況の構造」が大変なんです。

大きなストレスがいつものしかかっていて、誰にもわかってもらえず憂うつになる日も多いのですが、

ピアノレッスンを始めてから 仕事の辛さが不思議と半分になったことはたしかです。

先生の人格と教え方のせいですが、すばらしい先生です。

出会いに感謝しています。

今年中にショパンを楽しみながら仕上げます。

子育てや親のこと、仕事など数々の社会的責任を果たしたあとだからこそ、この年齢になって

たしない自分の体力とお金と時間を使って習い事をするということに。

とても意義を感じます。

ピアノレッスン

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ウイークデイにピアノを弾く時間のない私にとって、

週末はかき入れ時。

以前は、すべての家事・雑用をやり終えてからゆったりと趣味の時間を

持とうとしていた。

でもそうすると、週末が一番ピアノを弾けない時間になってしまった。

週末は雑用の山だからだ。

私にとって「ゆとりの時間」というのは、結局、無いに等しいからだ。

そこで方針を変えて、まず休日の朝は朝食の片つけがすんだら、雑用の前に

ピアノを弾くことに決めた。

集中力のある私は、家事の合間に夕方までピアノを弾いてしまった。

「うんと好きなことからする」「うんと苦手なことからする」と決めている。

好きでも苦手でもないことは後回し。

だからたいていのことは後回しにまわってしまう。

8年目にしてピアノに開眼した私。楽しい。

一日中ピアノを弾いていると、れもんが必ず椅子に一緒に座りに来る。

ピアノを弾く私をじっと見ている。夫が弾いても同じだった。

これが人間の子供だったら、いい教育になるだろうに。。。。。残念ながら

猫だから・・・・・・・・教育にはならないね。

誰かピアニストの人も、ピアノを弾いていると必ず3匹の猫が集まってきて

三匹並んで聴いていると書いていた。猫はピアノの音色が好きらしい。

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あれ? 寝てしまった。

当然だわね。

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一番好きな曲を。

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新しく見つけたピアノの先生のレッスンに行きました。

どの曲にしようかしら、と迷っていると、

先生「これから50年も生きられるわけではないのだから、一番好きな曲にしなさい」と。

私「一番好きな曲は超難曲です」

先生「死ぬまでに弾ける曲は本当にかぎられるのよ。かぎりがあるのよ」

私「超難曲でもいいんですか」

先生「どんなにむづかしい曲も分解したら、ひとつの♪ よ。ひとつの♪ のつながりよ。

   みんな自分なりにしか弾けないのだから、それでいいのよ。生がかぎられていると

   いうことをよく考えてから決めなさい。きっと一番好きな曲を練習してみたいと思うよ」

私「じゃあショパンのノクターン 遺作20番にしますね」

          ☆     ☆     ☆

誰でもが通り抜けるというバイエルさえ、まだほとんど弾けない私です。

でも生には限りがあるのだから、好きでない曲の練習のために、時間を割くのはどうかしら、

という先生の言葉は重く響きました。

実は元旦から書き始めた年賀状の返事、まだ数枚しか書けていないのです。

気になって、どこにでも持って行くのですが、何かしら障害がおきてきて書けないのです。

でも考えてみると、年賀状を書くというのは きらいみたいなんです。

全部違う相手に、同じ絵と文章と・・・どうも好きでないみたいなんです。

だって、毎年書けないまま同じことを30年繰り返しているのですから、そうとしか思えません。

何事にもとらわれることのない私が、やはり年賀状にこだわるのは、いただいた方の気持ちを

ありがたいと感じるからです。

でもやっぱり年賀状は性分にあわないのです。

だったら ヤーメタ! と 今日はカンネンしました。

一番好きな曲を練習しましょうという先生の言葉は、今 私が一番好きだと思って

いることに大切な時間を使いなさいね、という風にも聞こえるのでした。