ブログをスマホ対応に変えました。

ブログをスマホ対応に変えました。

上の写真は、13年間このブログの表紙でした。

知人が作ってくれましたが、その方はジュエリーの作家さん、女性より女性的な可愛いジュエリーを作る方で私の好みをどうして知ってるの?

というくらいこのデザインを長らく気にいっていました。

でも今回スマホ対応では、このイラストは解像度が低くて使えませんでした。

自分の撮ったチューリップの写真が手元にたまたまあったので、それに変えました。

私の執着は消え、今度の表紙を愛そうと思います。

そしてまた、今度は時々表紙を変えてみようと思います。

 

さて。

スマホ対応にしましたところ、スマホで見るととてもきれいにブログがあらわれます。

そのかわり、パソコンで見ると、なんだか間延びした感じになります。

今、私のブログの読者は9割5分がパソコンからです。

また私自身は スマホを持っていない のです。

 

スマホを持たない理由は、職場からも携帯電話を持たされていますし、iPadもありますし、これ以上忙しくしたくないからです。

持っている人を見ると「いいなあ」と思わぬでもないですが、やっぱり私には不要なんです。

 

ではなぜスマホ対応にしたかというと、スマホで気軽に見てくれる方を増やしたかったから。

 

今日は職場の女性のスマホから自分のブログを見せてもらいました。

でもその方は、全然関心なさそうでした(笑)

 

今の若い人は、こんなブログを見るためにスマホにしてるわけじゃあないですからね。

 

でも決めたので、これでいきます。

よろしくお願いします。

 

と言いつつ、やっぱりスマホ対応だと、長い文章はどうなのかしら。まだ改行に慣れません。

また、読者さんの意見も聞きながら考えます。

(といってもどなたが読者さんなのか全然わからないんすけどねww)

悲しい気持ち。

 

原稿を書きに、近所の喫茶店に来ている。

隣の席の60才代の二組の夫婦がにぎやかにさんざめく様子が腹だたしくうるさく感じられる。

さきほど、悲しい想いをしてきたばかりだからだ。

☆   ☆   ☆

林の中にひっそりと佇む、誰ひとり訪れる人とてない喫茶店。

一昨年も昨年も夏になるとそこで原稿を書いていた。

冬季は休業なので、今日初めて行ってみた。

 

暗い、人気がない、カフェ続きの自宅のドアを叩いてみた。

ひっそりしていた。

「いつも休んでるんだよなあ。気ままな商売なんだから」

あきらめて帰ろうとしたら、ご主人が車で帰ってきた。

「お休みされてますね」と言った。

ご主人は痩せてみえた。悲しそうな顔をされた。

「女房、二週間前に亡くなったんです」

「お線香をあげて行ってください」

 

驚いたが、あり得ることだ。

手作りの自宅の、ぎしぎしと音のする階段をあがり、お参りを

して、話を聞いた。

ももちゃんという一歳の犬が、人がきてうれしいのか、噛み続けて

くる。

昨年の暮れに乳がんがわかり、わずか半年だったと言う。

ご主人は悲しさに耐えきれない様子だったので、一時間ばかり話をしておいとまし、別の喫茶店に来た。

何が悪かったんだろうと後悔するご主人。

「どこかさびしそうな印象のある奥さんでしたよね」とホンネを言った。

「そうでしたか。こんな不便な所に越して30年。苦労させたかも

しれません」

「こういう環境は落ち着くけど、閉鎖的になってしまうので、ついついいろんな気づきを得られにくいのですよ」とホンネで話した。

ご主人と話すのは初めてだ。

でもホンネで話をしたい気分だったので、優しい言葉を使ってホンネでしゃべった。

自分の息子の話もしたら、その時だけ自分も涙が出た。

やっぱり、私の心もまた、ずっとずっと長年悲しんでいるんだと

思ったし、このご主人も死ぬまで悲しむんだろうなと思った。

 

「店をどうしようかと思って。彼女は何を望んでいるかと思って」

「続けたほうがいいに決まっていますよ。奥さんが愛した店ですもの。続けてください。また来ます」

そう言って、辞した。

 

人のイノチ、はかな過ぎて言葉もない。

大事にしなくては、自分の人生。

 

隣の席ではあいかわらず話がはずんでいる。

出てきたガレットを「きれい!きれい!」とはしゃぎ。

私に写真まで撮らせてくださった。

いいじゃあないの、楽しんでくださいな。

じゃあ、と言って出てきたら、若い男の子がひとりで入ってきた。

若い男の子がひとりで、なんて珍しいのだよ。

 

と思っていたら、にぎやかな夫婦二組が出ていった。

静かになり、突然流れている音楽が聴こえてきた。

いいなあ、好きだなあ、この時間。

 

私は喫茶店が好きだ。

夫を嫌いなわけじゃないけど、ぜったいひとりの時間が必要だ。

家に帰れば、メイドになり、主婦になり、愛猫の調教師なのだから。

 

そして、休みの日も、けっこう仕事ばかりしている私だなんて

職員さんは誰ひとり想像していなくて、責めたててくるんだよな。

 

 

向日葵(ひまわり)って好きですか?

向日葵(ひまわり)は夏の花、今咲いています。

向日葵を見るたびに思い出すことがあります。

 

大学生のころ、男子の同級生に「天心爛漫なひと」と言われました。

同じころ、女性の同級生に「向日葵のようなひと」と言われました。

誰も想像しないでしょうが、私はその言葉たちに少々傷ついたのです。

「向日葵のよう」と言われて傷つくなんてヘンですね。

 

それから幾年月。最近も「頑固なところが自分と似ている」と言われ、その方の頑固さに困っていたところだったので、とても腹がたちましたし。

先日、20才くらい年下の男性にからかわれて困っていたら、そばにいた男性から「○○さん(私のこと)って、打たれ強そうだから、大丈夫」と言われて、そんなに強くないよ、って腹が立ったの。

 

そんな風に、誰からもとても「強い女性」と思われているワタシ。

 

それは当たり前かもしれません。

 

だって、ゴルファーみたいにスラリとした体型。

顔は決して色白ではない。

声は低くて大きい。

女らしいしぐさが少ない。

大股で足早に歩く。

ハハハと大きく口を開けて笑う。

サバサバしていて、こまかいことに全くこだわるフシ無し。

などなど。

 

今の夫でさえ「初めて会ったとき、山田邦子みたいにあっけらかんとして明るかったので、気持ちがラクになって、結婚してもいいかなと思った」というのですからね。

 

でもね。人は見かけに寄りません。

 

本当に、本当に、本当に私を知っていくと、いかに私が細やかに

気配りをしているかを知るんです(ホントかな?)

「気配りそんなにしていないかも!あっけらかんだ!」と思わせるような振る舞いするって

 

いかに大変な気配りが必要なことか

 

なんて知っている人、いませんよね。

 

だって、相手がいかにも気配りの人だったら、こちらも相当に気を使いますよ。

つまりはそういうことなんです。

深いんですよ、人間っていうのは。

だから、とても気を使って物事を運ぶ人には「あなたが気を使えば使うほど、相手もそれに負けないように気配りを強いられるから、気楽にいったほうがいいよ」って言うんです。

これって私だけの勝手な解釈でしょうか・・・・・・

 

話しを向日葵(ひまわり)に戻します。

 

ひまわりは大きくて、大ざっぱな花で、決して繊細とは言えない

カラッとした花なので、あまり好きではありません。

 

でもね。

当地に咲く、このひまわりだけは好きなんです。

こぶりで可愛いい向日葵なんですよ。

この向日葵は大好きで、毎年楽しみに花農家に買いに行きます。

 

○○村に咲く向日葵のように可愛くて美しい女性ですね、

とほめてもらったらうれしいだろうなと思います。

 

男の子に生まれたかった私ーーー中学生の日記から

中学2年生の時の日記が出てきました。

☆    ☆    ☆

今、球技大会のことでクラスがもめています。今日はちいさなけんかになりました。わざわいは口からと言うが、Y子さんも私ももうちょっと口をつつしんでいれば良かった。私たちはよくけんかみたいになる。けれど、わたしはあとまでネチネチしないほうである。今回もなんとも思っていなかったのに、Y子さんが私とはもう口を聞かないというので困っています。

 

声をかけても、ロクに口をきいてくれません。そこで私も腹をたてて、口を聞かなくなりました。

今日も仲良くしようと思って近づいていったら、廊下で出会っても、こちらを見てじっとにらんだのでわたしはつい声をかけそびれてしまいました。

 

こんな喧嘩はもうしたくないと思います。もう口を聞かなくなって12日にもなるのです。

 

先生。

今日はこころにわだかまっていたことを全部この日記に書いてしまいました。だから嫌なことは、私の心から出てしまったのです。

 

あしたはもう。わたしとY子さんの明るい笑い声が教室から聞こえてくると思います。

 

先生、見ててくださいね。

☆     ☆     ☆

と書かれていた。中学2年生の春である。

東京に住む彼女とは、今もおつきあいがある。

 

 

毎日の日記には、赤ペンで先生の丁寧なコメントがつけられている。

 

●友達とのいざこざ。

●気分がすぐれなかった日のこと。

●つばめが巣を作ったこと。

●なんでも話せて、心から笑える家庭を作るのが夢だというような    こと。

●家庭が不幸なので、かわいそうだと思う友達のこと。

●進路の相談。などがいっぱい書かれている純情な日記だ。

☆     ☆     ☆

女の子らしい観察記録もあった。

 

「毎日、この日記でけんかがおこる。

「なあ、見せてんか」と誰かが言う。「いやや」ともうひとりが言う。見せて、見せないでの喧嘩が毎日2回はおきる。

女の子は本当にねちねちとなんでも喧嘩の種にしてしまう。

そして、泣いたり笑ったりをくりかえしている。

わたしはあっさりした性格だし、なんでもしんぼう、しんぼうと言い聞かせているのだけど、女の子のいざこざは、見てるだけでも大変です。

先生、わたしは男の子に生まれてきたかったです。

男の子はなんでもすっきりさっぱりとしているのでいいなあと思う。

神様、今度生まれてくるときは、男の人間にしてください。

 

と書かれていて、笑ってしまった。

 

私が「男」だったら、随分ネチネチとした男だったろうか。

それとも、普通の男性よりさっぱりしててカッコ良かったかも。

うん、私って行動的だし、ネチネチしないし、太っ腹だし。

職場の男性たち見ていても、私のほうが男性的で、決断力があって

行動力があって、太っ腹でかっこいい気がする(笑)

病院という所は、看護師さんたち女の世界。

どろどろとした女の世界に近づかず、うまくたちまわっているのも

すでにこの頃から萌芽がある。

 

先生のコメント。

「男、女は人間の宿命だから仕方ないよ」と書いてあった。

 

中学1年から3年間、こんなにしあわせな出会い(先生と生徒)があったことに心から感謝した。

☆    ☆    ☆

それにしても、わずか13才で私の人格はもう出来上がっていることに驚く。今と同じである。

辛抱強く、ネチネチが嫌い、観察力がある、書くことが好き。

(たった12年間生きただけで、人間って赤ちゃんからここまで成長するんですね。)

 

そして。

笑いのある、なんでも話せる温かい家庭を作るのが夢です。

にも笑った。

夫から半分は逃げ回っていますが(笑)、一緒にいる時には

よく話し、笑いが絶えません。嫌味や喧嘩もまったく無し。

あれええ、この願い、叶ってるぅと思いました。

(一回離婚してるので、年月はかかっていますが、

したかかに目標は達成しておりますね)

人が亡くなること。

昨日、100才にも近いご高齢の方が亡くなった。

主治医が不在だったので、私がお看取りをおこなった。

ただただ眠っていて、普通に息をされているかのような感じだった。

でも亡くなっているのだ。

すごく不思議な感覚だった。

悲しくなかった。

 

病院であたり前におこなわれている看取り。

なんだか感情がない「死」の儀式。

 

お子さんがもうおられないのか、孫さんが来られた。

孫さんは若い女性で、幼いふたりのお子達を連れておられた。

やっぱり悲しい素振りはなかった。

準備をする間、お子達を笑いながら普通に遊ばせておられた。

 

なんにも変わらない病院の中、誰かの感情も特別動かない中で、ひとりの人が亡くなった。

 

病院ではあたり前の、日常的なことだけど、こんなにあたり前でいいのかなと思った。

でも当たり前の出来事のひとつだとも思えた。

 

初めて医者になった時に、初めて人を亡くした時は泣けた。

今ではもう泣けない。

 

でも、生きておられるうちは、全然面会に来ない方ほど。

亡くなった時、大騒ぎされたり、大泣きされることがあって。

それもまた不思議に思う。

 

生きているうちに、もっと喜んだり悲しんだりしたらいいのに。

生きてる時は、全然会いにも来ないのに、会いに来ない人ほど。

亡くなったときに大泣きする。

 

それも不思議な現象だと思う。

 

やっぱり、生きているうちに、喜んだり、大事にしたり、悲しんだりしたい。

そう思う。

 

亡くなったらもうおしまい。

身体は朽ちるので、心の中で出会うしかない。

 

66才のシンプル主義

 

 

石原佐知子さんの「66才のシンプル主義」という本を読みまし

た。

 

個人的なおつきあいをいっさいしない私にとって、こういう軽い

本を読むのは、友達としゃべる感覚です。

 

「シンプルに生きる」系の本は最近の流行りですね。

でも、本当にシンプルに生きれている人、少ないです。

 

彼女は「50才からわがままに生きる」という主義も貫かれて

いるようです。

結婚40年のご主人とは、ご主人はイタリアに10年、今はバリ

島。彼女は東京。3ケ月だけ東京で同居されるそうです。

 

50才か???

なんだか昔だなあ。

 

じゃあ、まだまだ働いて、我慢ばかりしている私って何モノ?

(いやいや、組織ってホント、ストレスフルなんです)

 

そろそろリタイアして、わがままに・・・・・と考えていましたら

どんどんワクワク感が出てきました。

 

でも、ふと考えてみました。

すべてを捨て、すべてを捨てて、単身大阪に出たのが52才でし

た。

 

私って、あの時にすでに わがままになった のではな

いか

という気がしてきました。

 

そうなんです。

あの時、わがままを通してしまったから、そのわがままのためには

随分、お金を使うハメになってしまいました。

 

 

ですから今、働かないと食べていけないのは、わがままな生き方の

ツケのようなもの。

ずっと金沢でおとなしく生きていたら、とっくにリタイアできて

いるくらい豊かだったはず。自分で選んでしまったんですね。

 

そうなんだ。

私って、もうわがままな人生に方向転換してしまってたんだ、と

妙に納得した次第です。

 

家のクレマチスが本当にきれい。

その下で珈琲をのむしあわせも。

猫と外で戯れる日常も、十分にわがままな人生なのでした。

みんな、知らず知らずに自分で選んでいるんですね。

今からもっとワクワクっていうのは欲張りかもしれません。

 

と思いつつも、もうちょっと負担を減らして仕事しなくては。

20才以上年下の男性ドクターより働いているかも、です。

 

男性に「奥さん」という付き人がいることを計算すれば。

倍以上、働いていますよね、きっと(自慢にはならないか)

 

あれあれ? 結局きょうのブログ、恨みと愚痴で終わってますね(笑・笑・笑)

 

☆   ☆   ☆

下記の本はいい本です、運動習慣、私はこれでつけていきます。

今週はトンデモナイ週でしたが、まだ終わっていないのですね。

 

今週の月曜日は、日ごろの疲れから頭痛があり。

職場で、ふだんなら絶対スルーしていることに妙にひっかかってし

まいました。

普段から電話なんかしないのに、気がすまなくて、電話をしてしま

いました。

 

ところが、そのお返事があまりにも素っ気なく、きつかったので

もやもや感が始まってしまいました。

 

同じように、その方にもやもやしている方をつかまえて愚痴りまし

た。

 

それが間違いの元でした。

 

その方の矛先が私に回ってきたのです。

3時間半、私の弱点を言われっぱなしでした。

何か言い返すと、ますます時間が伸びそうでしたし、丸くおさめた

かったのです。

卑怯かもしれませんが、わたしはあくまで平和主義者なのです。

 

私には かみついてくる攻撃的な人にとても弱いという特徴が

あります。

 

その夜、風呂に入った瞬間に、ひどい不整脈の発作が出てしまいま

した。

その日は、すぐに薬で11時間寝ました。

そして翌日は普通に仕事を出来ましたが・・・・・・

 

今日はまた、その続きの話しあいがありました。

今度の矛先は私ではありませんでしたが、聞いているだけでドキド

キしてしまいました。

 

そして今、当直の時間に入ったころ、また頻脈発作がおきました。

 

この不調は久しぶりなんです。

組織の中に入って40数年。

人間関係でつまづいたことは一度もない、と豪語していた私。

しかし、今回は見事にひっかかってしまいました。

 

苦手な人と激論を交わすのではなく、苦手な人とは距離を置くこと

で、組織の中で何事もなく仕事してきた私。

 

今回は組織の中の理不尽さを嫌というほど味わいました。

 

もともと疲れていた原因は、このブログもあります。

ちょっと頑張り過ぎる傾向が、私にはありますね。

 

考えさせられた一週間。

 

組織で働くことは正直、大変です。

でも楽しいこともいっぱいあります。

また気をとりなおして、働きます。

 

餌がなくなり、「ちょうだい」と口で言えず、目で訴えている

レモンといちご。

いとおしいです。