都忘れ

今年も都わすれが咲き乱れるころとなりました。

このあたり、秋の始まりというころに咲き出します。

群生で咲いている様(さま)は圧巻。

必ず、写真を撮りたくなります。

すごく可憐な花ですが、この花、強くたくましいのです。

いくらでも増えていきます。

それでも好きな花ですね。

 

まだまだ暑い地域があるようですが。

当地はちょうど22度くらい。

庭でゆっくりできました。

わたし流しあわせの見つけ方

子どもとの距離感

世の中には、親も子もいない孤独な方もおられる。

しかし世の中の多くは、娘たち夫婦や孫とかなりべったりとくっついて

暮らしている。

いずれにしろ、いろんな家族がある、全部違う。

 

私の場合は、子育てだけはしっかり可愛がって育てていたが。

自分と親の距離は遠く。

自分と子供たちの距離も遠い。

 

愛がないわけではないが、子供たちは、年に一回か二年に一回来るだけだ。

今日、突然やってきた息子も、二年ぶり。

それもたった2時間の滞在だった。

 

愛はあると思っている。

でも、子どもは20歳まで育てたら十分だ。

あとは、別々に暮らし、距離感を持ちたいと思っている。

 

自分の心と向き合う時間のたっぷりある孤独な暮らしが好きである。

 

それにしても、二年ぶりに会う孫の背の高さにびっくり。

はにかんで「はい」「はい」と答えるだけだけど、かわいらしい。

こんな関係でも「愛」は「愛」である。

 

「自立、自立、とうるさいんだよ! いろんなケースがあるだろう」と

わたしに噛みついてくるオジサンやオバサンがとても多い。

それだけ親ばなれしていない子供が多いということだ。

だけど私自身は人間の心や経済の自立をとても重んじている。

 

世の中はこれからもどんどん悪くなるだろう。

政治のせいだけにしてはいけない。

 

 

わたし流しあわせの見つけ方

自然文化園のデリ&カフェ

長らくダサいレストランでしかなかった文化園のレストランが。

素敵なカフェに変身していてびっくりした。

 

ここは冬の営業で人が来ないので、今までいくつものレストランが閉鎖した。

今年のリニューアル・カフェは、Uターンの若者がオーナー。

本がたくさん置いてあり、ソファあり、カウンターあり、子供コーナーあり。

なんせ村の建物だから広々としている。

気合いの感じられるいい雰囲気。

レストランで食事をしない主義の私にとっては、食べ物はどうでもよい。

居心地のいいカフェであってくれさえしたらいい。

 

読書も、パソコンも、日記書きも、考え事もすべてカフェで。

雑念の出ないこんな場所、サイコー。

 

 

わたし流しあわせの見つけ方

夏野菜の天ぷら

台風一過の青空はなかったけれど、比較的涼しかった。

でもなんとなく身体がかったるく、何もする気がしない。

夏負けとか暑さバテではない。

つくづく、職場で疲れているのだ。

 

職場の体制が変わり、気を遣うことも多く、気苦労も多く、気持ちの

休まるときがない上に忙しい。

なぜ私はノイローゼにならないんだろう・・・と不思議なくらいだ。

 

イバラの道は当分つづきそうだ。

ここに書いたら、少しは悪い気分が抜けるかも、と思って書いた。

職場では言えないし、このブログは仕事関係の人は見ていないと思う。

 

夕食は夏野菜の天ぷらだけ。

 

 

わたし流しあわせの見つけ方

しあわせ論(56)心を鍛えて癖をなおそう

前回、「⼼の癖」について書いたところ、読者の⽅から「そ の⾒つけ⽅を教えてほしい」というお声をいただいた。

そこで それを書いてみたいと思ったが、これがなかなか難しい。⾃分 でわかるものではない。また、周りの⼈には⾒えるとか、精神 科医だったらわかるとか、そんなものでもない。  そこでちょっと遠回りになるかもしれないが、⼈間の性格を ⻑所と短所と⼼の癖、という三つの観点から考えてみたい。

ま ず⻑所から。意外かもしれないが、⼈は⾃分の⻑所には気づき にくい。なぜなら「何の苦もなく当たり前にできること」が、 その⼈にとっての⻑所となるので、当たり前過ぎて気づきにく く、⼈にほめられたりして⾃覚することが多い。

⼀⽅、⾃分の「できないこと」や「不得意なこと」は苦痛を伴い、⾃分でも強く意識する ので、⾃分の⽋点はよく⾒えるのだ。⼈間が「⾃信」より「⾃信喪失」の⽅をより感じやす いのは、そういうこととも関連する。

では、⼼の癖はどうか。その答えは、先⽇の⼭梨⽇⽇新聞の「体幹鍛えて良い姿勢」とい う記事が、ヒントになった。

「姿勢を良くしようと意識しても姿勢は良くならない。若い頃 から、そして普段から姿勢を維持する筋⾁を鍛え続けて初めて姿勢が良くなる」というもの だった。

⽬からウロコとはこのことだ。

⼼の癖も同じ。わかったところで、直そうと思ったところ で直るものではない。筋⾁を鍛えるように、⼼を鍛え続ける。普段から⼼を柔軟にする訓練 を⾏うことこそ⼤事なのだ。

どうやって鍛えるかというと、⼈の中で困難に出合ってもまれることである。それも「離 れたくても簡単には離れられない⼈間関係の中で」とつけ加えよう。

夫婦であるとか親⼦。 あるいは上司と部下といった⼀緒に働く同僚たち。そういう離れられない関係の中で、⼈は ゲームのように同じようなけんかや嫌な思いをしがちだ。

お⾦がいっぱいあるから働かなくていいよ、気ままで⾃由なひとり暮らしをしていいよ、 と⾔われてみたい気はする。しかしそれでは⼼が成⻑できない。

⼈は離れられない⼈間関 係、例えば結婚、例えば⼦育て、例えばきょうだい、例えば会社などでもまれ、⼼を鍛え続 けていかないと成⻑できないのだ。

それはまた家庭を持ったり、働いたりする意味でもある。苦労はあるが「そうか。こうや ってお給料までいただいて、鍛えていただいて。⼆重にお得」と気をとりなおす⽇もあって いい。

というわけで、今回は、年とってから⼼に悪い癖がつかないように、若い頃から⼈間 関係の中でもまれることをいとわずにやりましょう、というお話でした。もちろん、お年寄 りになってももまれていた⽅がいいですよ。

わたし流しあわせの見つけ方

オカリナ

青い空を眺めていたら、オカリナを吹きたくなった。

2年ぶりに手にとってみた。

ドレミ・・・さえ吹けない。

がっくりきた。

 

久々に先生に電話してみた。

「また始めようかな・・・・・・?」

先生は大歓迎だったが、考えてみると、やっぱり無理かな。

 

せめて、一曲だけ。

「北の国から」が好きなので一曲でもいいと思っている。

だけど、唯一の休日である日曜日をつぶすことはやっぱり

無理だろうか。

時期を見計らっている私である。

 

昔は100のうち、50くらいの力で仕事できた。

それがだんだん 70くらいになった。

今は、やや忙しくなっているとはいえ、90くらいの力を使わないと

仕事できない。

いやいや、95くらい使って、やっとできている。

 

ふつう以上に仕事できているのは、はたから見たら、すごいと思われる。

が、内実は、自分を犠牲にし、そこだけに時間を使っているに過ぎない。

 

京茄子を使ってマーボー茄子を作った、

クックドゥを使った。

このごろは一皿料理ですましている。

 

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しあわせ論(55)心の生活習慣病

 

このごろ、⼈⽣の荒波をたくましく乗り越えてきたはずの7 0歳前後の⽅の受診が増えている。その年齢ともなれば認知症 では︖と思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。で も何かしらの精神的変調に陥っているのだ。私はこういう⽅た ちを「⼼の⽣活習慣病」とひそかに名づけている。⻑い間の⼼ の癖が根底にあり、それに⽼化や病気や喪失体験などが加わる と、精神的にもまいってしまうのだ。

先⽇も75歳の男性が、めまいとふらつきを主訴に来院され た。いろいろ受診したが悪いところはないと⾔われ、最後に当 院を紹介された。めまいとふらつきは安定剤で軽くなったもの の、根本的には良くならず、だんだんイライラ感や暴⾔が増え ていった。妻も同居する息⼦夫婦もどう対応したらいいかわからず困り果てていた。⻑い年 ⽉に家族関係も固定化しているのだろうと思えた。

家族に昔からのエピソードなどを聞いてみた。「そういえば65歳の頃、⾼額な農機具を 勝⼿に買ったことがありました。⾔い出したら聞かないんです」と⾔う。55歳ごろのご主 ⼈は︖と聞いてみた。「会社員をしていましたが合わないと⾔って辞め、農業を専業にしま した」。40歳は︖30歳は︖とさかのぼっても「とても神経質で、⾝体の不調を気にする あまり救急⾞を呼ぶこともありました」「頑固で妻の私の⾔うことなど聞きません」と続 く。  やはり若い頃から⼼の癖はあったようだ。

めまいやふらつきなどの体調不良が引き⾦とな り、さらに⽼化で頭が固くなって融通が利かなくなっている。気持ちを切り替えるにも無理 があるのだろう。

「なくて七癖」ということわざがあるが、⽋点のない⼈などいない。だから⻑寿社会を迎 えた現代では、⼼の⽣活習慣病はほとんどすべての⼈に多かれ少なかれ起きうる。

ではどう考えたらいいか。

今現在の⾷べ物や運動不⾜で将来、⽣活習慣病が起きるよう に、現在の⽣き⽅、対⼈関係や考え⽅の癖、環境の変化に対する適応⼒などから、10年後 20年後の脳や精神の状態はある程度予測できる。今若い⼈も若いからといって決して安⼼ はできない。

私の⾝にもいろいろなことが起きる。原稿を書いて送ろうとしたらパソコンが壊れた。夫 婦げんかもあった。勘弁してほしいと思い「ああ、もうパソコンを使う⽣活から離れたい」 とこぼした。

夫いわく「それくらいの苦労はあったほうがあなたのためだよ」。「パソコン に⼿こずり、夫が⾃分の思うように動いてくれないといって⼿こずり。思うようにならない ことがあるからこそ頭も気も使い⼯夫するのでしょう。何もなかったら頭が固くなる」と⾔ われてしまった。

たしかに︕

私もいまだに⾃分と戦っているのである。

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日曜日

待ちに待った日曜日。

家事がわんさと待っている。

何せ、一週間分の家事。

男の人には絶対わからない、この忙しさ。

 

夫が「お隣りさんとお茶する約束したままになってるから、電話する」と言う。

えっ? 2時間もとられて、どうすんのと思う。

けれど黙って従う。だって、夫のはわかるはずのない忙しさだから。

 

電話してもしてもお留守らしい。

一日中、家事にまい進した。

 

先日、ペンションで習った料理を作ってみた。

スっキーニや茄子やインゲンを素揚げして、たれでからめる。

たれは、大根と玉ねぎとめんつゆをミキサーにかける。

 

私はすごく美味しいと思ったが、夫は「僕の口に合わない」という。

保守的なんだから!!

 

「保守的ねえ、新しいものはなんでも嫌なんだから」と言ってやった。

でも認めない。

原稿書きは終わったが、やってなかった家事が山のように

たまっていただけだった。

 

レモンはふたりの会話を聞いている。

夫婦ふたり。別々に猫に話しかける。

ひとり言を言っては「なっ、レモン!」と猫に同意を求める。

夫婦の平和を猫たちがとりもってくれている、と思う。

 

 

 

 

わたし流しあわせの見つけ方

また清里へ行く

今日は暑かったですね。

知人が来たので、清里へ案内しました。

ふだんから研究しておかないとだめですね。

どこへお連れしたらいいかわからない。

清泉寮しか知らないのですもの。

今日はいろいろ行ってみました。

ふだんからトレッキングや散歩、カフェ探索、美味しい店探し

などしておかないと、と思ったことでした。

 

わたし流しあわせの見つけ方

今日はスタバ

原稿を頼まれたので、スタバに行きました。

あんなに素敵な自室があるのに、家では仕事がはかどらない。

家では、まったく脳みそが働きません。

「家では家事」という習慣がこびりついているのでしょうか。

 

クリニックをやっていた時も、家の隣には建てず、ビル診でした。

場所を変えないと仕事モードになりません。

 

毎朝、家から車を走らせると、すきーっとします。

すごく気分が良くなります。

職場に着く頃には仕事モードに切り替わっています。

 

それに反して、夫は自営業でした。

干していた子供のおむつが、パソコンの上に落ちてくる状態でも。

設計図を書いたり、見積もり書を書いていたそうです。

私にはとてもできません。

 

人、それぞれですね。

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