若いころは、なんせ経験がないから年長者の言うことがすべてだった。
「人生は短い」なんて言うから、そんなもんだと思って。
あわてて結婚し、いそいで子供を産み、あくせくと子育てをした。
終わってみると、その後の人生の長いこと、長いこと。
子育ての期間より、子供が成人してからの期間のほうがすでに
長くなってしまった。
「こんなはずじゃなかった」とはまさにこのことだ。
もし、中断されることさえなければ、これからがまた長い。
80歳、90歳でお元気な患者さんと接すると、これからまだ20年30年、
あるんだと実感させられる。
となると、まあ中断したらしたとして、あと30年あると考えた上で
人生設計を立てておいたほうが良さそうだ。
☆ ☆ ☆
私がピアニストになりたい、などというと10人が10人、ほほ笑む。
本気にしていないことがわかる微笑みだ。
でも、あと30年あるとしたら、最後の10年に年寄り専用のデイケアに
通って赤ちゃん扱いされるより、ピアニストになっていたほうが、
よほどカッコいいことはたしかだ。
わたし自身は、まったくの本気である。
誰も信じてはいないようだが、本人が本気なんだからそれでいい。
ピアニストを目ざす子供は、子供だっていろんな遊びを我慢するらしい。
友人と遊ぶ暇にレッスンするらしい。
わたしがこの年齢で、ピアニストになろうというからには、
いろんなことを制限し、からだも鍛えておかないといけない。
仕事をやめるわけにはいかない状況なので、きびしい状況だ。
変人だと思われるだろうね。
つきあいが悪いと思う人も出てくるだろうね。
失礼なことがあったらごめんね。でもつきあいも雑事も
わたしにとってはどうでもいいの。許してね。
でもね。今そうしなかったら。
80歳になったとき、20年前のあの時、どうして決心していなかったかと
後悔するに決まっている。
20年だよ。
20年も、毎日毎日、ただただ雑用を作って日を送るのはもったいないよ。
そんなわけでピアノを再開して半年がたったが、今回の再開だけは
なぜか飽きることがまったくなくて、続いているし楽しいよ。
出会いって不思議。
今の先生に出会った、というそれだけで、人生が変わってしまったのだから。
65歳でフルートを始めた友人の男性は、毎日朝夕2時間のレッスンを欠かさず
数年以上たったという。
無職の方でも毎日2時間のレッスンを続けるのは並大抵ではなかろう。
60歳でも70歳でも、新しい何かに挑戦して挑戦し続けられるなら
多分それだけでしあわせね。