こころの病と向き合うために・8 食欲

食欲と睡眠は、精神科でも身体科でも大切な項目です。精神科ではぜったい必須の項目です。

食欲は自律神経の支配下にあります。食べている時には、副交感神経優位になります。

多少緊張していても、食事を始めると、リラックスできるようになっています。これはとても大事な

ことです。食事の時間を大切にする人は、一生の健康を保証されているようなものだと思う。

緊張や心配事があると、食欲がピタッと止まります。そんな経験はありませんか。

私は若いころ、たとえば失恋や心配事などで、食欲があまりにもピタッと止まるので驚いたことがあります。

でも、心配事が解決すると、とたんに食欲が回復してモリモリ食べられることにも驚きました。

最近は神経が鈍くなったのか、あるいは人生の波が平穏になってきたせいか、食欲がピタッと止まるような

ことはなくなりました。それでも、食べることは、とても大切にしています。

ある時、こんなことがありました。遅くまで働きながら毎晩の夕食を作ることは結構大変です。そこで夫と相談して

しばらくスーパーでつくり置きのおかずを買って食べることにしたのです。とても楽でした。

ところが、二週間ほどしたころでしょうか。楽をして時間もたっぷりあるはずなのに、食事が終わっても、 仕事の

疲れがとれません。いらいら感さえ出てきました。

その時つくづく気づいたのです。仕事では緊張の連続ですから交感神経優位です。車を運転して帰ってくるの

ですから、ますます交感神経が働いています。

そこで、突然食事の時間、といっても、神経が切り変わらないのですね。お酒でも飲めれば別かもしれませんが、

私の場合は飲めません。

キッチンに立って、あれやこれや考えながら料理をしている間に、少しづつ神経が切り変わっていくのだなあと

実感しました。健康に気をつけるということは、そういうことも含めて考えてあげるということなのでしょう。

また料理を作るという行為は、大変といえば大変ですが、私の場合には、日中使っていた頭や神経を休ませ、

手やカラダを使うことが大事になってくるのだと思いました。また匂いをかいだり、味を見たり、色どりを考えたり

することが、交感神経優位から副交感神経優位に切りかえるときに、よい役割を果たしてくれると思います。

カラダを使って仕事をしている人には、また別の転換法があると思います。

要は使っていないものを使うということでしょうか。

頭も神経も体も使うという人はそんなに多くはありません。だけど看護師さんや小学校の先生、外科や産科の

お医者さんなんかは、3つを同時に使っていないと仕事になりません。

そんな方にとっては、誰にも会わず、ただぼーっとしていたり、逆に馬鹿騒ぎしたり、ということがあってもいいかも。

それぞれに、自分がふだん何を使って仕事をしているかを考え、使っていないことを使う工夫をすることをおすすめ

します。

食欲の話からだいぶそれてしまいました。

私は診察の時には。食欲があるかないかは、あまり重要事項に考えていません。なぜかというと、実は食欲って主観的

すぎてあまり参考にならないんです。

でも 食べることを大切に考えているので、誰といつ、どんな風に、何を食べているかについては かなり詳しく聞きます。

誰といつ、どんな物をどんな風に食べているか聞くだけで、その人の暮らしの半分くらいが見えてくるからです。

忙しさにかまけている人も、食べることを大切にする暮らしをぜひとり戻してほしいと思います。

そうそう、これも余談になりますが・・・・・・・

子育てでも、食べることだけ大事にしていれば、子供は育ちます。むつかしいことを考えるより、一生懸命作ってあげて

美味しい美味しいといいながら一緒にたべているだけで子供は立派に育ちます。

それくらい作って食べるという行為には、愛情と知恵が含まれているからです。

じゃあ、料理のできない人、好きでない人はどうでしょうか。

統合失調症がやっと良くなって退院した男の人がひとり暮らしをする時にも、安くカンタンに作れるおかずを一緒に

考えてあげます。精神科ではそれもまた治療のうちです。が、最近の若い精神科医たちは、そんなことどうでもいいって

言うでしょうね。私はそういうことも治療のうちだと考える、精神科医として最後の世代かもしれません。