夫と一悶着あった。
一昨日のテレビで「プロフェッショナルの流儀」というのをやっていてオーガニックコットンを
輸入して製品化している渡辺さんという女性社長が出ていた。
仕事にゆきづまるたび、自分に問いなおす言葉。
☆ ☆自分は何のために働いているのか、と。☆ ☆
真っ黒い画面に、一行白い字が浮き彫りになる。インパクトがある。
大きな仕事でがんばっている人は、しょっちゅうどん底に落ち、そのたびに原点に
立ちかえって姿勢をただすものらしい。
患者さんが職場の人間関係で悩み、かぎりなく愚痴をいうときがある。そんなときいったんは
愚痴を聞くが、とどまるところを知らないときもある。
☆ ☆ あなたは何のために働いている?☆ ☆
と聞きたいところだが、聞く耳を持たない。そんなときは。
大変な職場ね。人間関係はややこしい。おつぼね様にはいじめられる。
でもあなたは何のために働いているの?
あ、そうか。おつぼね様と仲良しになるために働いているんだったよね。
そのために働いているんだもの。だったらそれは辛いわ、ご愁傷様。
そう言うとやっと、我にかえる。
もうひとつ話がある。
若いころの職場は精神科医が12人もいた。その中で仲の悪い同士がいて、
医局にいるみんなは険悪なムードに嫌気がさしていた。総婦長に愚痴を言い
に行ったことがある。聞いてはくださったが、なぐさめはなかった。返ってきた言葉。
☆ ☆ あなた今、仕事に目標持ってる? ☆ ☆
原点に返ればそんなこと気にならないはず、ということだ。
夫の話に戻ろう。
夫がきわめて理不尽なことを言ってきた。私が長い間つきあっている一番の親友夫婦を
ある理由で気にいらないから、つきあいを一生涯やめろと言う。
「やめてほしい気持なんだけど」など生やさしいものではない。
「つきあいをやめる気がなかったら、どなりこんでいくから」とかいう。
経緯ははぶくが、本当に困ってしまった。
何日も悩んだ。話しあいが通じる状態ではない。
何年も暮らしているからよくわかる。
女性たちに相談すると「わかるわかる。でも負けちゃだめ。理不尽すぎる」と
言ってくれる。でも夫は激こうするばかりだ。
ここはひとつ、男性の意見をと思い、ボーイフレンドに聞いてみた。
彼「すごくすごく客観的に見るとさぁ。理不尽な要求でもこの際、
折れたほうがいいと思う」
私「そんなわけにいかないわ。夫が言ったからといって一番の親友をなくすなんていうのは、
私らしい生き方からまったくはずれるわ。私の思い、私の基本的な人権はどうなるの?
私は夫の奴隷にはなれないわ、自分を偽れないわ」
彼「じゃあね、折れてみる実験だと思ってやってごらん。実験だと思えばやれるでしょう」
私「そうね。自分を無にして折れてみる。実験よね」
突然豹変した私は夫に電話した。
さっきまでの鼻息さえ聞こえるほどのとげとげしい声が、甘い声になれた。
「よく考えてみたんだけどさぁ。どう考えてもあなたとA子さんをくらべたら
あなたが大事だわ。A子さんにはもうおつきあいできませんからって
電話したから、安心して」
夫は、とたんにさっきまでの怒鳴り声がおだやかになった。
A子さん宅に寄り、正直に事情を話した。わかってくれた。
わかってもらえなくて険悪になったら仕方ない、なるようにしかならない、と覚悟ができた。
おそく帰宅したら家は以前の平穏にもどっていた。
☆ ☆ 私は何のために生きている? ☆ ☆
☆ ☆ 私が大事にしてることは何? ☆ ☆
原点に返ってみた。
私が大事にしてるものは、人権などというものではなかった。
夫だけでもなかった。A子さん夫婦だけでもない。
本当は本なんか出版できなくてもいい。
ポストカードなんか売れなくてもいい。
ピアノは上手に弾けなくても全然平気。
☆ ☆ ☆ 平穏な暮らし。☆ ☆ ☆
☆ 夫がいて、仲良しの友人がいて。☆
☆ ときおり子供たちやきょうだいが来てくれる。☆
☆ 仕事があって、音楽が流れて、猫がくつろいでいる。☆
☆ 穏やかな空気が流れて、いねむりするくらい平和。☆
本当にほしいものは人の気配やあたたかさが感じられる平穏な暮らし
なのだった。
ボーイフレンドに礼を言った。
彼とも前よりもっと仲良しになれた。
夫はわがままを通したが、その夫に折れた妻は大切なものをいっぱい
手にした。
原点にかえったから。
「年賀状の写真、ちょうだいよー」と夫が二階から叫んでいる。
猫が鳴いている。
ただ、今夜の平和が明日も続くという保証はまったくない。