自分らしく生きる  6 弱みは個性

美容院に行きました。標高1500メートルの山の中腹に建っています。山に憧れ登山

でやってくるうち、住みたくなって自分たちで建ててしまったそうです。

都会では週に何日も、夜も昼も働いていたそうですが、今は日中だけ。それも週休2日

の完全予約制です。これが理想だったの。本当にマイペースよ。私を好んでくれる人だけが

自然と集まるの。だから精神的にも本当に楽。年は私より一回り以上も若いでしょうか。

私もファンです。月に一回カットに行きます。春夏秋は働き、冬に年一回、

何ケ月もかご主人を残して、東南アジアや中近東の未開の地にリュックひとつで出かけて

しまいます。命の危険に遭遇しながら、言葉の通じるはずもないそれらの国々の貧しく

不便な暮らしの人たちと心を通わせて帰ってくる、勇敢で温かい人柄です。

でも東京で生まれ育ち、ついこのあいだまで有名人も来る大きな美容室で働い

ていた音楽も絵も大好き、写真もうまい。洗練された都会人の良さも持ちあわせています。

そのギャップから生まれる魅力が、多くの人を惹きつけているようです。

素敵な写真ができたそうね、というので、写真は限界、今は文章書いてるのよ。

「自分らしく生きる」というテーマよ。と話すと「わたしなんかそんなこむづかしいこと考え

たこともないわ。本当に自然体。したいこと、気持ちいいことだけして生きてきた。

それで十分」といいます。

そうよ。私が言いたいこともそう。したいこと、自分が気持ちいいと思うことだけをすると

いうこと。それをさがすことが「自分らしさ」よ。でもそれ一行書いてしまって「はい、

終わり」というわけにいかないでしょう。あなたのように自然にできる人ばかりじゃない。

気づきが必要なひと。きづけなくて心を病むひと。そんな人の背中を押すために書いているのよ。

先日の夫とのいざこさを話しました。

彼女は言いました。

あなたは「平穏で平和な暮らしが一番だった」と言う。でも私から見ると、実は

ご主人があなたのどんなに大きな支えになっているか、おそらくわかっていないわね。

どんなご主人か私は知らない、また収入がない、とか働いていない、とか社会的には

いろいろとあるのかもしれない。でもあなたのお仕事、相当大変でしょう? あなたの仕

事の世界は尋常ではない。尋常ではない人を扱っているあなたには、多分尋常でない

部分があるはず。普通の夫じゃ支えられないはずよ。でもあなたはいつものびのびとして

いるし生き生きとしている。いい仕事もしている。ご主人が、あれしてくれた、これしてくれない、

そんな短絡的なことじゃないの。大きな意味で支えになっているんだろうな、というのは

あなたを見ていても、ふだんの話を聞いていてもわかるわ。

でも自分では気づいていないのでしょうね。そう話すのでした。

わがままで困らせられるばかりだと思うことの多い夫。でもたしかに、勤勉でまじめ一点ばり、

優等生タイプの私に、もし100点満点の立派な夫がついていたら・・・・・きっともっとがんばら

なくてはとプレッシャーになり、今ごろ倒れていたかもしれません。

「僕は劣等生だから」という怠け者の夫を見ると、妙にほっとする部分もたしかにある、本当に。

今日の診察で似たようなことを経験しました。

患者さんは26歳の女性。人格障害ともいえるうつ状態で、「死にたい」を煩雑に口に

します。妊娠中なのだが、育児に自信ないといい泣いてばかりいるのです。

外に出ることはきらいで、いつも家の中にこもっています。最近結婚したばかりの

ご主人には、捨てられると嫌なのであまり訴えないと暗い顔つきで訴えます。

ご主人にも来てもらうことにしました。中学校の同級生で、何年ぶりかに再会して

おつきあいが始まり、同棲から妊娠と進んだと言います。堂々とした男らしい

ご主人でした。

「病気のことはわかって結婚しました。感情の起伏がはげしくてとまどうことはあるが、

それ以外では困っていません」と言います。

「結婚を決めた理由は何ですか?」との問いに「このゆったり感がいいんです」と

笑いながら彼女をふりかえります。意外な答えでびっくりしました。

陰気で家事も下手で、外には出ていけなくて、気のきいたことも言わない彼女。

  このゆったり感がいいって。

  なんといい言葉。

  弱みが個性になっているということか。

ご主人が部屋を出てから患者さんが言いました。「何もしてあげれない私でいいの?」と

いつも不安だったの。私もすごく意外な答えでびっくりしました。私の弱みをこんな風に

とらえてくれていたのね」彼女は感激していました。

最近、友人の女性医師が50才をすぎて結婚しました。相手の方は家にいるのが

好きという男性で家事が得意。たまに近所の田や畑に手伝いに行って、収穫物を

いただいたりして暮らしているので現金収入はない、いや、いらないと言う人なのだそうです。

まわりの常識ある人たちの大反対を受けている彼女。「働きたくないなんていうと、どうかなって思う

けど、私もつましい暮らしで十分だし、何よりフィーリングが合うの」と結婚を決行したのです。

10数年前から、「弱みは個性である」と言いたくなるようなカップルが患者さんの中に

出てくるようになりました。

私が今持っているケースでも超重症の妻といたって健康な夫、がうまくやっているケースが

10例くらいあります。

昔なら忌み嫌われた精神科の病気です。離婚調停や夫婦カウンセリングまがいの

ことが精神科医の仕事だった時期が長く続きました。

でも今では心の病気の女性と普通の感覚で結婚する男性が増えています。

同情じゃないんです。単に気楽、というのでもないのです。

「こころの病気を持つ女性」「家事のできない女性」という弱み。

「外で働いていない男性」という弱みをだめと決めつけずに、純粋に自分との相性

だけで結婚という一生の大事を考える風潮。

自分が自分らしくいられる相手だったら、それが一番。

周囲の思惑なんか関係ない。

という結婚は今後も増えていくことでしょう。

収入の額で結婚を男を値ぶみしたり、精神病というだけで忌み嫌った時代より、

よほど豊かと思いませんか。

初雪が降りました。