自分らしく生きる 7  視野を広くもつ

珍しく食欲がない。朝食べられず、昼ぬいて、夜になっても減らない。

神経に一番直結している臓器は、胃だと思う。胃は一晩で大出血をきたす。

食欲がなくなった原因は、例の「実験」である。「聞き流す」という防衛機能は

大変有用な生きる手段である。「聞き流せる」というのはひとつの能力だ。

しかし自分の気持ちをおしこめ、表面的にとりあえず解決したふりをすると

いう解決法は、ある意味危険である。自分の気持ちを押しこめても、いつか顔を出す。

ということがよくわかった。

「夫の好きな赤烏帽子」というくらいならいくらでもするが、「夫が黒といったら白くても

黒という」などという解決法はやったことがなかった。

それはさておき、最近、「食欲が出ない。体重が減る一方だ」という訴えで来院する

患者さんとても多い。心療内科大はやりだ。最初は内科に行く。検査をして異常がない。

胃薬を処方される。良くならない。心療内科にまわされる。安定剤を処方される。

良くならない。まわりまわって私と出会う。もう相当重症になっている。

表情はさえず、元気がない。うつ病ではない証拠に、いかに食べられないか、

体重が減ったかについて、しつこく訴える。抗うつ剤も効かない。

たぶん最初は今日の私と同じだ。何かの気がかり事がおきて、一時的に食欲が

なくなるのだ。よくあることだと思う。問題はそれからだ。人間というのは考えられる

動物であるから、どうしたらいいか解決しようとする。そして解決することも多い。

しかしどうしても解決できそうにないとき「とりあえず様子を見る」とか「人の意見を聞く」とか

「なるようにしかならないと考える」とか「違うことをして気分転換をはかってから考える」

など手段を講じる。

ところがそれができない人種がいるのだ。解決しないで悩んでいるうちに

食欲が出ない日が続くと、今度は最初の問題事は忘れ、食欲が出ないことのほうが

気になり始める。気になって気になって仕方なくなる。そのうち、体重を気にするように

なり、減ってでもいようものなら、それが気になる。どこか病気ではないかと思い始める。

という風に、最初はちょっとした誰にでもおこる食思不振なのに、だんだん気持がそこに

とりこまれていくのだ。

というのが、私の仮説である。

治療方法はとてもむづかしい。胃腸薬も安定剤も効かない。ぐちや悩みを聞いて

いても良くならない。かえって悪くなる、というのが特徴だ。だから精神科や心療内科に

行くとかえって悪くなる。医者が聞くからだ。

とてもむづかしい治療になる。実際のケースはまた別の機会に書く。

こういう患者さんは、こだわりが強い。何かにこだわり始めるとそこからなかなか

抜けだせないのだ。また視野がとても狭い。性格もかたい。

その予防策はある。

視野を広く持つ、というのが大事である。いろんな角度から物事を見られるように

ふだんから訓練しておくとよい。いろんな人の意見や考えを聞く習慣も大事である。

また、私がおこなったように「実験」と称して、ふだんならあまりやらない方法を

ためしてみて、体験したり体感したりすることも良い。

とにかく人間、60才をすぎたころから頭が固くなる。そういう患者さんはたいてい

60才をすぎている。体は目に見えて訓練ができる。しかし頭や心は見えない。

しなやかに、やわらかい頭を持つというのは人間にとって一番むづかしいことだ。

でも意識すればできないことではない。

今日は年に一度のピアノの発表会だった。夫とは険悪で、友も失い、体調も気分も

サイアクだった。

でも。

こんな時こそ、気分転換がはかれないようじゃ、自分が患者さんになる。

そう思って弾いてきた。すごくうまく弾けた(と、自分の耳には聞こえた)

あとでCDなど、誰もくれないことを願う(昨年はくれた、聴いてがっかりした)

私のあとに弾いた女性は子供が習い始めたので20年ぶりに復活したの。

楽しくて楽しくて仕方ないの、と言っていた。すごく上手だった。私は練習もいやだし

苦しいことが多いが、子供のころ10年もやっていた人は指の動き方ができあがって

いるから、目をみはるくらい上手だった。基本で悩むこともなく、ただただ楽しいらしい。

うらやましかったが、何事も人とくらべたらぜったいだめだ。