こころの病と向き合うために・3

こころの病を治すということと、子供のこころを育てることが同じであること。

こころという概念を「行為する自己」と「行為している自己を冷静に他人の目で見つめる自分

すわわち自我」というふたつの概念にわけて説明する精神医学は、「子育て」にも

「こころの治療」にも使えること。

精神医学は「自分」という視点を大切にする学問であり、その観点は自分だけでなく、

自分と他者との良い関係を無理なく作っていくことにもつながる、人間関係の学問であること。

人と人の信頼関係を作ることは、子育てであれ、成長した親と子の関係であれ、夫婦であれ。

友人であれ、仕事での関係であれ、すべての人間関係の基本を教えてくれるものであること。

そういうことを、私の経験をふまえて話したいと思います。

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私が精神科医になったのは、はるか40年も前になります。まだまだのんびりした時代でした。

精神病院に勤めましたが、病院には鍵がかかり、個室はなく、50畳100畳の大部屋で寝る

ような具合でした。私の仕事は、何十年もなおらないまま、病院の片隅でうつろに暮らしている

慢性の精神分裂症(今では統合失調症)の方を少しでも良くして、社会に出ていくようにする

ことでした。

医学部で習ったことは何ひとつ役に立ちません。毎日根気良く話しかけたり、一緒に

散歩に行ったりする中で、自分で感じ、自分で考えたことを元に、いろんな働きかけをすることが

精神科医の治療です。

他の科の医師から「医者の中で一番頭の悪い人が精神科医になる」と悪口を言われ、患者さんや

家族からは「あなたにだけはかかりたくなかった」と嫌われました精神科でした。

「心の病」「気が狂う」ということが忌み嫌われ、縁者は結婚もできないという時代だったのです。

安定剤は今と同じようなものがありました。基本的には変わっていません、同じです。

しかし、いつの時代でも、薬で人の心を変えることは出来ません。

地道に話しかけ、寄り添い、共感しあい、はげましたりしかったりしながら、心が開いてくるのを待つ。

そしていずれは社会に戻っていけるようにしていく。

そして 治療者も医師だけではありません。医師、看護師、ケースワーカー、臨床心理士、作業療法士、

食事を担当する人や掃除をするおばさんたちもまた 患者さんと関わりがあります。

ですから「治療共同体」と呼びました。

そう。精神病院というところは、まるで 普通のおうちと同じなの。

医者がお父さん、婦長さんはお母さん、ケースワーカーはお姉さん。。。。。。お兄さんもいる、

入院患者さん同士はお互いに友達です。

統合失調症という病気はね。心の自我という部分がとても弱いために、外の世界で人間関係を

持つことができず、外界との接触の中で 心がとても傷ついたり弱ってしまったりして幻覚や妄想

の世界に逃げ込んでしまう病気です。

つまり心のレベルが 赤ちゃんや幼児のころのように 弱く、自信がなく 傷つきやすくなっている病気

なんです。

そういう状態にある患者さんの治療というのは、治療共同体にいる「家族」みんなが協力しあって

心を育てなおすこと。

だと今ではどこの講演でも話していますが、当時の私にはわかっていませんでした。

病気は医者が治すもの。患者さんが努力して治すものだと、当時は誰もが思っていました。

たぶん、現在でも私のように考える医者は少数派かもしれません。

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実はそのころ、私には 男の子がひとりいました。そして医師になってまもなく二人目が生まれ、数年後

には 4歳を頭に 男の子3人、女の子1人の母親になっていました。

病院で心を開いてくれない患者さんと「格闘」をしながら 仕事が終わってやれやれ家に帰りますと、

4人の子供たちが、いろいろダダをこねたり、いたずらをしたり、要求してきます。

大人同士なら話し合いもできますが、相手は子供です。受けとめたり聞き流したり、自分の子供に対する

対応にも新米お母さんは四苦八苦。

あるとき、子供と留守番をしていましたら、どこかのおじさんが「子育てパンフ」を配布しに来ました。

何気なく読んでいましたら、こんなことが書いてあって、それが私の転機になりました。

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子供がお菓子ほしいとダダをこねる。お母さんはさっき食べたばかりでしょう、甘いものばかりダメよと

ばかり真剣に注意する。でもそこで視点を変え、ああそうなの、またほしくなったのね、そうかそうか。

でもお母さんは今 洗い物の最中よ。これがすんだらあげるからそれまで遊びに行ってらっしゃい。

そう言えば子どもは満足して遊びに行き、夢中になってお菓子のことなんか忘れるよ、

と書いてあったんです。

要は、子供がほしいのはお菓子ではない。お母さんの心だ。お菓子をほしがっている自分の気持ちさえ

わかってもらったら、もう菓子のことなんかどうでもよくなるくらいのものなんですよ、とそこには

書かれていたのです。

わたしにとって一生忘れられない、目からウロコの一瞬でした。

私は肩の力が抜けてしまいました。それからです。仕事でおこなったことをわが子供に応用し、

子供で経験したことを仕事の治療で応用する。

普通は足かせ手かせになる子育てと仕事。それが私の場合はちょうど良い具合に働きあって、

子育てもうまくいき、仕事にも男性の先生方にはわからない微妙な理解の仕方ができるようになった

と思います。

チームを組んでいる看護師さんなど、すべての人とうまくいくようになりました。

わたしが、相手の行為や言い分にこだわらず「気持ち」に焦点をあわせられるようになったからでした。

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それから20年の歳月がたちました。

平成10年、いろんな少年事件がおき始めたとき、突然「だから子供はキレル」というタイトルで

新聞の連載を依頼されました。

小児精神医学の専門家ではない私に白羽の矢が当たったのは不思議なご縁としか

言いようがありません。でも一年間、毎週すらすらと文章が出てきたのです。

自分でも何が出てくるかしら・・・と楽しみながら書いていました。

なぜだろう、それを考えたとき初めてでてきたのです。

そうか。こころの治療は子育てと同じだったんだ。

だから仕事のことを書いているだけなのに、それが子育て本になったんだ。

これもまた私の視点が変わった瞬間でした。

書いたことは普通の精神科医には書けないような、それまでの私の仕事、私の子育て、私の結婚生活

から得たものがぎっしりとつまったものでした。(後に本になりました)

たとえば「家庭はやすらぎの場であるだけでなく、それぞれの自我がぶつかりあう戦場でもある」

という下りがあります。

これは受けました。

私たちが結婚式で愛を誓うときには、まさか夫婦喧嘩をしようと思って結婚する人なんかいませんよね。

でも夫婦喧嘩ってほとんどが子供のことからだと思いません?

子供を間にはさんて夫婦の意見が違うことなんてざらにあります。でも違わなければだめなんですよ。

自我が違うわけだから。

どちらかが我慢すれば喧嘩になりません。でも言い張れば喧嘩になります。

でも子育てでは夫婦の喧嘩や議論がとても大事なんです。人間はみんな考えが違うんだ。違ってあたり前

なんだ。自分だって親と違ういろんな考えを持ってもオーケーなんだ。これだけ考えが違って大喧嘩しても

また家族というのはしばらくすると忘れたように仲良くしたり楽しく食事できるんだ。

そう思えるということが「自我」ができあがっていく過程で大事なんです。

仲良しだけの夫婦から自我のしっかりした子は育ちません。陰険な雰囲気はだめですよ。

喧嘩ができること。それでもなおカラっと忘れて仲良くできること。それが大切なんです。

子供の自我の確立は、自我の違うふたりの大人が折り合って結婚生活をするのを見る中で

確率と統合をされていくんですよね。

だから妻が夫に服従している家の子供は温和には育ちますが、社会に出たとき、

押したり引いたりのかけひきや、いろんな葛藤に弱いと思います。

そのあたりのところは本に書いてありますので良かったらまた読んでください。

   (「わが子の気持ちがわからなくなる前に読む本・学陽書房)

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話がそれてしまいました。

こころが弱って自我の力が働いていない患者の状態は、実はまだ「自我」が育っていなくて、

お母さんが子供の自我の役割を果たしている0才から9歳くらいまでの時期の子供とほとんど

同じなんです。

9歳くらいまでの子供って、どんなお母さんであれ、お母さんが大好き。お母さんの言うことなら

なんでも聞いてしまいます。とにかく世界一大好きなお母さん、本当にかわいい。

小学校5~6年あたりから自我が出はじめむづかしくなってきます。

少年や少女の事件が起きるのはだからかならす9歳以降です。

震災でも子供のこころのケアをと言われますが。私は自我が出始めた8才9才10才くらいの

子供さんを重点的に見ていくことが大切だと思っています。

子供のこころは、お母さんの育て方で変わってきますが、20歳も過ぎれば、自我が育っていない

からといって、お母さんに出番はもうありません。

「私はどうしたらいいでしょう」とおろおろするお母さんは多いのですが、専門家がお母さんの

替わりになって、こころを最初から育てなおすしかないのです。

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