精神科の治療は、⼦育てに似ています。
ということに気づいたのは、ある新聞の連載を頼まれた15年前ほど前でした。
神⼾や佐世保で起きた殺⼈事件など少年による犯罪が⽬⽴ったそのころ、私は⾦沢に住んでいました。⾦沢の新聞社から「だから⼦供はキレる」という題名の連載を頼まれ、児童が専⾨ではないのに⽂章がどんどん出てきたのです。その時、統合失調症の⽅の治療や社会復帰に⻑らく関わってきた経験がまさに「⼦育て」に似ているからだ、と気づいたのでした。
私が診察室で患者さんと向き合う時、まず考えること。
それは病気の重症度によって「⼦育てのどの時期まで遡って関係を持っていったらいいか」ということです。
精神症状が激しくて関係をつくりにくい⽅や、話す元気もないほど落ち込んでいる⽅の場合には、⽣まれたての⾚ちゃんの時期にまで遡る必要があります。
それはどんなに叫んだり、駄々をこねたりしても、それを⾮難せず受け⼊れることでもあります。また、話せない状態でも焦らずに「しっかり待ってあげること」です。
⾼校の時までバリバリのスポーツマンだったA君は、こだわりが強いため、それが遠因となっていじめに遭い、学校に⾏けなくなってしまいました。中退した後、清掃業で働いていましたが、25歳の時、突然仕事をやめ、家に引きこもってしまったのです。病院に来たきっかけは眠れなくなったことでした。
最初のころ、A君はうつむきがちで暗く、ほとんど会話もなく、うなずく程度で、とりつくしまもありませんでした。
仕事ができなくなった⾃分を責め、親や世間に肩⾝が狭いと感じるばかりであるように見えました。そんなA君と対⾯しながら「今は、今のままでいいんだよ」と⾔ったり、黙りこむA君の気持ちをなぞるようにただ⼀緒に黙っていたりすることもあったと覚えています。
そんな期間が1年以上も続いたでしょうか、長く感じる一年でした・・・・・・
あるころからA君は、私に対して、⼼を許し始めたと感じるようになりました。次第に顔を上げ、視線を合わすようになったのです。
声も⼤きくなりました。
たまに笑顔が⾒られるようになりました。
何もできない⾃分でも、そのままで認められていると感じると、⼈は⼼を開き始めます。少しずつ会話が増えていったのでした。
ただただ泣き叫んでいた⾚ちゃんが、安⼼して泣きやみ周りを⾒渡し始めたかのように見えました。
ここがポイント!
薬物療法全盛の昨今です、しかし。
⼼の病は薬だけでは治りません。薬は最低限に必要なものです。
その上で、心の病は、⼈間と⼈間の関係の中でしか治っていかないのです。
診察室は「ひとつの宇宙」のように感じる時があります。患者さんと医師との間の 大きな宇宙。
そして、生まれたばかりの赤ちゃんとお母さんの時代にいったん戻って、関係を築きなおす場所であるように感じるのです。
それが「重い⼼の病気」の場合における、「専⾨家による育て直し」ということでしょうか。
私たちにとって⼈間関係は時に⼤きな悩みの種。
しかし同時に、⼼が最も⼤きく育つのも、気づきが得られるのも、⼈が⼈にかける⼿間暇の中でだと思います。
人間関係。
わずらわしいものではありますが、大事にしながら暮らしていきたいものです。