病院まわりの写真展も3つ目になって。

平成22年の4月から始めた、わたしの写真展。

A病院で一年間にわたり、玄関のギャラリーを飾り続けた。

評判が良くて、とうとう本にまでなった。

B病院に移動して2ケ月やった。

ちょうど本を出版したのと同時期になったこと。

また、その病院の売店に書店が出入りしていて本のコーナーがあること。

そのおかげで、わたしの本が飛ぶように売れている。

「飛ぶように」という表現がぴったりなくらいたくさん売れた。

多分、病気になったり、看病に来たりする方の心をつかんだと思う。

わたしは医者なので、やっぱり元気元気で、苦労を知らない方には

どうしても、響くものが少ないようだ。

もう本の良い悪しではない。

やはり、読む人の感受性におおいに関係すると思う。

だから本の批評は適当に聞いておく。

だって、わたしは話題を提供しただけ。

もうわたしの問題ではない。相手の感受性の問題なんだもの。

ところで写真展は今日からC病院に移った。

夫から「ドサ回りだ」と言われている。

パソコンで印刷した写真はあせてきたが、さすがにカメラのキタムラで

プリントしたものはまだ色あせていない。

固い用紙にべたべたと貼りつけただけだから、安あがり。

写真ほど、場所をとらず、お金がかからず。

しかも人のこころに訴える趣味もないと思う。

昨夜の夜ふかしがこたえて、今日はわたしの感受性がねむっている。

ブログに書くことはなにもない。

と思ったが無理にさがしたらやっぱりあった。

毎日なにかしらひねり出すのは、時に苦労、時に楽しみである。

パソコンにとられる時間が多すぎて、夫からはもうほとんどしかられてばかりである。

夫はわたしの健康を心配している。

だけど、ライフワークのようなものだから、これで倒れてもいいか、と思っている。

 

新しい人生へGO ??

週末に夫と東京に出かけた。

4月に買ったホテルのチケットが今週で切れる。

出かけないと無駄な出費をさけられる、という考えも頭をかすめたが。

しかし、無理してでも出かけないといけない。

ラクなほう、ラクなほうへ流されていくからだ。

スタンウエイというピアノを弾かせてもらえる機会があるというので、まずそこに出かけた。

調律師の学校を見学したり、今日は江戸博物館というところに行った。

夫はふだんのんびりしているから当然(!!)元気。でもわたしはヘトヘト。

ソファで休んでいたら「ここでは困る」といわれ、救護班部屋というところに連れていかれた。

2時間たっぷりベッドで休み、まるで病人。

だから江戸博物館は一枚写真を撮っただけであとは寝ていたことになる。

☆    ☆   ☆

帰宅してメールをチェックしたら、このブログのレンタル サーバーから「契約の解除」

というメールが入っていた。ブログも見れない。

いろいろ手をつくしたが解決しないので、あきらめることに決めた。

心配メールもたくさんいただいてびっくりするやらうれしいやら。

けれど電話した友人から「あなたにとっては大事な歴史かもしれないが、

たかがブログ」と言われた。

なんだか、それもそうだな、と思えた。

夫に「今までたくさんの大切なものを失ってきたわ。その大切なものたちにくべらたら、

イノチとられたわけじゃない、誰かに迷惑かかるわけじゃない。

わたしの過去は忘れた。人生リセット。

さあ。ブログをあらたに作るも良し。作らぬも良し。

わたしがもっともいい方法をあらたに選べるのね。うれしいわ。

どんな人生にしようとも自由。すごくすっきりした。失ったものはもう追わない」

そう話して、ブログは忘れることにした。

わたしは何事においても、あっさりしており、前向きなのだ。

ところが、お金は入れてたはずが、単にうまく引き落とされていないことが判明。

お金を入れたら再開できるという。

苦手な作業にとりくんで、そうね。3時間はかかったわね。再開できた。

☆     ☆    ☆

夫に「新しい人生に踏みだすことに失敗したわ」といったら笑っていた。

最初の写真にはお相撲さんが写っている。

あとの写真は江戸博物館で。

デイトしていますか?

都会に住んでいたら、デイトの機会も多いでしょうね。

山の中に住んで10年あまり。

男の人を誘うことも誘われることも、一回もなかった。

ところが今日。

どちらからともなく、(先に声をかけたのは私だったかな)

ドライブ&デイトすることになった。

どこにでも連れていってあげるよ。

喫茶店が好きだと言っていたね。

そういわれて、安曇野ジャンセン美術館を指定した。

となりにお洒落なカフェがあるのだ。

ジャンセン美術館に行けなくなってしまったほど。

話しこんでしまった。

当直があるので、5時でおしまい。

相手が若い男性なので、夫からは。。。

「わっ! ぼくだったら85才のおばさんと?」

「まるで親子だ、考えられん」とヘンな顔!(^^)!をされた。

年を聞いてびっくり。

ちょうど30才年下だった。

でも話はつきないくらい楽しかったけどね。

夫から電話があり「どうだった?どうだった?」と

興味つつだった。

相手の男性の奥さんも、私が相手じゃあ心配はない。

「行ってらっしゃーい」とこころよく送りだしてくれたらしい。

視野の狭くなりがちな女性と違って、素敵な男性と話すのは楽しい。

いろんな男性と話してみたい。

でも、デイトに応じてくれる男性など、日本にはあまりいないかも。

楽しいことをしたいというだけの話なのだが・・・・・

           ☆    ☆   ☆

身体改造倶楽部日記に「感動」というテーマで書いた、こちらのホンネの

日記のほうがおもしろいと思って、転載した。

        ☆    ☆   ☆

一年半前にやめていかれた内科の先生が、またやめたと風の
たよりに聞き、「連絡してと言っといてよ」と同僚に言っておいたら、

連絡がきた。
デイトの約束をして、2ケ月。やっと実現した。

ちょっとわくわくした。

聞き上手な先生で、私の夫の話がおもしろいといい、私の結婚生活が

おもしろいといい、聞いてはおもしろがってくれた。

そのうち、先生の再就職の話になったので、熱心に聞いてあげた。

その先生もずいぶん話され、4時間があっという間だった。

「なんか楽しかった。自分のことで気づいたことがあった、聞いてくれて

ありがとう」と言われた。

30才も若い先生だけど、デイトに関しては年齢の差はなかった。

おもしろく話す才能や、人の話を聞いてあげる才能があれば、デイトに年の差は

関係ないんだと思い、とても感動した。

すごくエスコートされたので、ひさしぶりで気分良かった。

若かったころを思いだした。

夫がとてもとても不思議がっていた。

無心になるということ。

毎日、ブログを書くことが日課。

それが一日の終着点。

平凡な暮らしの一部を取り出すことも。

一日の中で写真を何かしら撮っておくこともそれなりに大変。

けれど、毎日見てるという友人や患者さんの顔を思い浮かべたら。

そんなことは苦労でもなんでもなかった。

ところがフェイスブックの「精神科医小林絢子」と連動していることを知った途端。

書けなくなってしまった。

フェイスブックは元気な方が多く、「感謝」「ありがとう」「優しい」「あたたかい」

という言葉が飛びかっている。

そういう言葉を決して否定するわけではないけれど、私は精神科の医者なので、

人の汚い部分、弱い部分、嫌な部分と日常的におつきあいしている。

そういう部分を堂々と陽の目にさらすことが仕事である。

だからブログでは、自分の弱みも、だらしない部分もさらけだしていた。

夫との喧嘩も書くし、泣くことも書く。

だれにでもおきる普通のことも汚いことも書く。

けれど、精神科医小林絢子の看板をあげたとたん、書きにくくなった。

わたしという人間をまったく知らない人に読んでいただくことに抵抗がある。

わたしがこんなに努力している目的は、有名になることではない。

私自身の居場所をつくること。

私の居場所を、同時に自分の居場所としてやすらいでくれる人の居場所にすること。

たかが一冊の本を出したために、自分を見失うというばかなことはしたくない。

しかし実名を出したばかりに「無心」に書いていたブログが書けなくなるとうことはありえる。

ものすごく大きな壁が立ちはだかっていると思う。

今日の即席夕食料理から湯気があがっている。

涙(´;ω;`)

台風の影響が強い。

雨模様。

涙みたいな露。

涙。

女の患者さんは話しているうちに泣く人が多い。

患者さんでなくても職員検診でも、話してるうちに泣く人が多くなったらしい。

子供を大事に育てすぎている。

心をかけながらも、しっかり叱ったり、しっかりつき離したりできてないから。

人間がだんだんやわになってきている。

失敗、挫折にうんと弱い社会になっている。

馬鹿になれない。

失敗を許せない。

私などは、大げさに馬鹿なふりしてまわりを安心させているうちに

本当の馬鹿になってしまったので困っているのだが。

フェイス ブック内にHPを作りました。

精神科医小林絢子「くもりのちしあわせ」のHPをフェイスブック内に作成。

新しく船出をしました。

普通のHPを作成するつもりもありましたが、思いきって時代の最先端をツッ走ることにしました。

運用しながら考えていこうと思っています。

普通のHPとの違いは

1、装丁がおしゃれ。

2、アップ操作がとても簡単。

3、ホームページビルダーあんどのHPの更新より、気軽に記事が書ける。

じゃあ、ブログとどう違うの?と思われるかもしれませんね。

ブログですと、本の紹介をいたしましても、その記事はあっという間に時間の波間に

埋もれていきます。あとで見るということがあまり出来ません。

しかしHPですと、そこへ行けばいつでも、どこからでも本の紹介記事が読める。

ブログと違って、そこから本を買うこともできる。

ですから普通のHPとブログの違いと同じです。

ぜひみなさん、ご覧になってくださいね。

フェイスブックの記事はそこに登録した人しか見れません。

しかしFBの中に、こんな風にHPを作成すると、FBに登録していない方でも見れるのです。

これから少しづつ充実させていくと思いますので、またのぞいてみてくださいね。

下をクリックすると出てきます。

25人以上から「いいね!」をいただけると、もっと簡単なアドレスに変えられるそうです。

http://www.facebook.com/pages/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E5%8C%BB-%E5%B0%8F%E6%9E%97%E7%B5%A2%E5%AD%90%E3%81%AE%E3%81%8F%E3%82%82%E3%82%8A-%E3%81%AE%E3%81%A1-%E3%81%97%E3%81%82%E3%82%8F%E3%81%9B/209725919088961

母と娘の葛藤

今日、娘を駅に送り、ほっとした。

母親と娘の間の、ものすごい葛藤をテーマにした小説を先日見た。

作家は忘れた。

わたしたち母子も、はたから見れば仲の良い母子に見える。

しかし、娘からはいつも手きびしい批判を投げかけられて、

たじたじとなる。

たじたじとなって、ぐっときて、決して快いものではない。

娘の女友達たちからも、母親に対する批判や葛藤は、すさまじいものを感じた。

なぜだろう。

なぜだろう。

なぜだろう。

こだまのように疑問がわく。

しかし患者さんたちを見ていて、母親を批判しない人のほうが病む。

これだけはあきらかである。

母親の「いい子」でいて、母親をモデルにして、でも出来なくて、蹴飛ばして自立していく。

蹴飛ばせないほどのいい母親をやっていれば、娘は出ていけない。

本当はとても罪の重いことなのだ。

けとばして出ていける、それが自然の自立の過程であるらしい。

だから母は耐えなければならない。母も辛いのだ。

耐えていない、と言い切る母親がいたら・・・・・・・

あなたの娘さんは、あなたから親離れしていませんよ、とはっきり言いたい。

☆   ☆  ☆

同じ日、ご主人を亡くした知人が、娘さんと住むべく、都会へ出ていかれた。

さびしかった。こころで泣いた。

「大変だろうな」と夫がぽつりと言った。

「大変なこと、いっぱいあるよね」私が言った。

娘と住む母親。かならずしもしあわせとは言えない。

女性同士の手きびさ、女同士の気安さ、その両方あいまって老いてから

女同士で住む家族も

結構きついと思う。

わたしは「孤独に生きる」ほうを選ぶ。今から覚悟している。

萩が咲いた。

今日の話は、男性はパス。だまって聞くだけにしてほしい。

何もいう資格はないと思う。

娘は男の子がひとりでよかった。

批判の手綱は娘よりずいぶん優しいはずだ。

今日の話は自分で書いて、自分で泣いた。

全世界の母と娘を思いつつ。

今日のブログは身内には読まれたくないが、さとちゃんは読んでくれたかなあ。

さとちゃも、がんばりな。無理しなくていいんだよ。けとばしな。

書きながら、亡き母を想って、また泣いた。

母と娘は母親が死ぬころからやっと本当に自立した女同士のいい関係になれる。

ちょっと「うつ」になりました。

娘が親の家に来るのは当然のことである。

わが家は再婚家庭なので、両方の子供が6人いる。

実の親子でないわりにはうまくやっていると思う。

しかし間に入るほうは大変だ。

結婚、離婚、再婚。

幸福なふつうの家庭を営んできた人にはわからない。

わたしだからやれた、と思うことも多い。

だけど、私の家族からしたら「だめな母」「だめな妻」にしか見えない。

FBもブログももう何もしたくない。

ちょっと「うつ」になっていると思う。

すべてを投げだしたい気分である。

ブログなんかやって何の意味があるんだと思ってしまう。

FBなんかやって何の意味があるのかと思ってしまう。

もうこれ以上、がんばりたくない。

だれにも言えない。わからない。

こんなに苦労しながら書いてるブログを読みながら、まさか本は買ってくれてない。

そんな人はいないでしょうね。

まさかそんな人はこのブログ、読んでいないよね。

強制をする気はないけど、人の気持ちを受けとれない人に、

このブログを興味本位で読まれたくない。

と、はっきり言おう。

猫だって、親の気持ちを汲もうと必死になることがある。

若いひとが来た。

今日は外国に住む娘が数日滞在することになって、活気づいた。

夫には本の出版について、まったく相談しなかった。

読んでさえくれない。

精神世界をわざと別にしているからだ。

娘も同じだった、ちょっとめくって終わり。

身内ってこおゆうもんであるらしい。

けれど、夫には相談できない行く末について相談にのってくれた。

外国に長く住むきびしさから得た経験知である。

本は作ったら終わりと思われるかもしれない。

しかし自分の出した本は、自分の子供と同じである。

かわいい。無造作に積んで終わりというわけにいかない。

どうしたらたくさんの方に読んでいただけるか。

どうしたらこの経験が今後に生かせるか。

そう。

出版は単に、出発点に過ぎないということは、誰も知らない。

私は今、真剣に悩み考えているのだ。

娘は「いろいろやってみたら?」と言ってくれた。

結果は神様が決めるのよ。

いろいろやってみても、それがうまくいく確率なんて低いのよ

でも楽しいと思ってやれればそれでいいと思うよ。

人生って「楽しんでやる者勝ち」だから。と言ってくれた。

苦労したんだなあと思えた。

レモンがしばらくして近づいてきて、じっとこちらをうかがっている。

いちごは出てこない。

やっと出てきたと思ったら、娘のカバンと帽子を「敵扱い」して

パンチをおそるおそる何発もかましていた。

「いちごちゃん、去年にくらべて、わっ、老けた!」と言われていた。

人間で言えば20才にもならない妙齢の女の子なのに、老けたはないだろう。